* お題他 *
□『バカップルへ30題』
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小学4、5年生ぐらいの亮介+2、3年生ぐらいの春市。
二人共別人…。(特に春っち)
* 21.お弁当 *
運動会の開催を知らせる空砲花火の破裂音に、春市は小さな肩をがくりと落とした。
今日は春市の通う小学校の運動会。朝からすっきり晴れていて、これで順延なんてありえないって解ってたけど、いざ開催が決まると溜息が出る。
そうじゃなくても身体が弱く、運動があまり得意じゃない春市にとって運動会は苦手の一つ。でも今日の溜息はいつものそれとは違っていた。
何が違うのかというと昨日からお母さんが寝込んでて、応援には来てもらえないし、お弁当だってコンビニのおにぎりかサンドイッチに化けてしまうに決まってるから。
つまんない。知らず知らずに尖っていたた唇を、春市は慌てて手で擦った。
…ダメダメ。こんなこと思っちゃいけないよね。
調子が悪いのは仕方がないし、コンビニご飯だって言うよりずっと美味しいし。文句ばっかり言ってたらお母さんきっと無理しちゃう。
だから我慢しなくっちゃ。と言い聞かせながらも春市はしょぼんとうなだれた。
だって。本当だったら僕のお弁当がクラスで一番なはずなんだ。
何しろ運動会のお弁当はいつもと違う。
ニンジンもピーマンも入ってないし、卵焼きにハンバーグ、唐揚げだって入ってる。おにぎりはそぼろとシーチキンで梅干なんかどこにもない。
運動会は嫌いだけれど、お母さんが応援に行くね、って励ましてくれるから頑張れるのに。
なんで晴れちゃったんだろう…。
青い空を恨みがましく見上げると、春市はグズっと鼻をすすった。
午前の競技は大嫌いな徒競走。お母さんの応援もお弁当もないんじゃきっと頑張れないに違いない。
それでも休んでしまうわけにはいかなくて、春市はため息を吐くとリュックを引きずりながら部屋を出た。
いつもだったら美味しそうな匂いがここまできてて、それだけで何だか楽しい気持ちになれるのに…。
しょぼんとしたままリビングに下りると、やっぱりお母さんはいなかった。
かわりに兄の亮介がパンをかじりながらテレビを見てる。
「はよ」
「おはよ兄ちゃん」
ちら、とこっちを見た亮介に返事を返し、春市は顔を洗うと冷蔵庫からジュースを出した。
コップに注いでテーブルにいくと、食べ終わった亮介が春市の頭をゴツンと小突く。
「何すんのっ」
「いつまでもむくれてっからだろ、バカ」
「むくれてなんかいないもん」
「それをむくれてるっつーんだよ」
もう一回バーカ、といわれた挙句につねられて、じわじわと涙が溢れてきた。
何だよ何だよ何だよ。むくれてないもん。なのに何で意地悪すんの。
じんじんするほっぺたに手を当てて、悔しさの余り泣くもんかと唇を噛む春市の前に、不意に亮介がぐい、と布袋を突き出した。
それは見覚えのある青空にいくつも虹が渡る弁当袋。去年遠足の前にお弁当箱とお揃いで買ってもらったものだった。
でも何で兄ちゃんが?コンビニ袋じゃあんまりだって、こっちに移してくれたのかな?きょとんとする春市にイライラしながら亮介が言う。
「母さんが、お前にだって」
弁当。朝起きて作ったんだとさ。
「…うそぉ」
驚いて目を丸くする春市に、亮介は半ば怒鳴るように弁当袋を押し付けた。
「ウソ吐いてどーすんだよ。渡したからな!残さず食えよ!」
「…うん!あ、じゃあお母さん、運動会にも来られるの!?」
「それは無理。もう寝ちゃったし」
「…なんだぁ」
明るくなった心がしゅん、と萎む。
でも応援に来られない代わりにお弁当は作ってくれたんだ。それだけでも凄く嬉しい!
春市はにっこり笑って立ち上がった。
「お母さんにありがとって言ってくる!」
「だから!寝てんだから起こすなよ。…それより俺もう行くから」
「あ、そっか…。実行委員頑張ってね!」
「うん。鍵掛けたらいつもんトコな」
「うん!行ってらっしゃい」
一足先にリュックを背負った亮介に手を振って、春市はロールパンをひと口放り込むと青空の紐をさっと解いた。
お弁当はお昼の楽しみ。だからいつもは絶対中身を見たりしないんだけど。
今日は特別、と春市は機嫌よくお揃いの青い弁当箱を取り出した。
わくわくしながらゴムを外し、ぱか、と蓋を開けて目を丸くする。
「あれ?」
お弁当の中身は玉子焼き。だけどハンバーグも唐揚げも入ってないし、下の段もおにぎりじゃない。
それらが入っているべき場所には、たまにおやつに食べるチーズ入りのソーセージとヘタの付いたプチトマトがぎっしりと入ってて、おにぎりの場所にはロールパンが二つ無理矢理詰め込まれていた。
「な、何で?」
これはどう見たって運動会のお弁当じゃない、お母さんのお弁当じゃない。
確かに玉子焼きは入ってるけど、他があまりにも違いすぎて春市は二つ並べた弁当箱をポカンと見下ろした。見下ろしながら気が付いた。
「…兄ちゃん」
そうだ、このお弁当は兄ちゃんだ。兄ちゃんが作ってくれたんだ。
そう思うと叩かれたのも大声出されたのも合点がいく。
きっとお母さんが途中まで作ってくれて、もういいから寝なよって兄ちゃんがお母さんを追い出して、でもこのまま止めたら僕がガッカリするからお母さんの代わりにソーセージとかトマトとか詰めこんで…。
そこまで考えて春市は急におかしくなった。
まさか兄ちゃん、僕が気が付かないって思ったのかな?お母さんが全部作ったお弁当とは違うもん。これじゃ兄ちゃんが詰めたってバレバレじゃない。
「あははっ」
四苦八苦しながら弁当箱と格闘する姿を想像して、春市はおなかを抱えて笑い出した。
ご機嫌ナナメな顔もゲンコツも、全部兄ちゃんの照れ隠し。意地悪なんかじゃ全然ない。
気が付いちゃうとおかしくて、何だか凄く嬉しくなった。
しばらくそのまま笑っていると、再びパンパンと景気の良い空砲花火が空に上がる。
「いっけない!」
もう少しで運動会が始まりますよ。近所の皆さんご協力お願いしますね。というそれに春市は慌てて弁当箱を袋に詰めた。
運動会のお弁当は特別なもの。
大好きなおかずが入ってて、おにぎりも一手間掛けた特別な味。
頑張ってね!というお母さんの愛情がタップリでそれが嬉しいから頑張れる。
でも今日はそんなお母さんと、お母さんと同じぐらい大好きな兄ちゃんが作ってくれたお弁当。いつもよりもずっとずっと不恰好だけど、いつも以上に頑張れちゃうお弁当。
だから今日は、かけっこだってへっちゃらだ。
「よぉーし!」
むくむくやる気が沸いてきて、春市はぐ、と手のひらを握ると突き上げた。
以前亮介達がリトルの試合でやっていた、一本指を空に向かって掲げるポーズ。絶対勝つぞと気合を入れる勝利のポーズ。
「いくぞー!」
格好良いそれをこっそり真似て、春市は高らかに叫ぶと元気良く外に飛び出した。
結局徒競走は5人中4番目の成績で1等にはほど遠いけど、ゴールにいた兄ちゃんが「春市にしては頑張ったんじゃない?」と笑ってくれたから胸を張って家に帰った。
-オワリ-
お弁当、といったら運動会か遠足…。バカップルなのに!(…)
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2009/07/28 ユキ☆
☆ Clap
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