【ダイヤ】

ブラコン兄と被害者弟とそれ以上に被害者な部員達




* ブラコンの喧嘩は犬も食わない *








「もう兄貴なんて知らない!」


高校生男子にしては高めの声が食堂に響き渡った。
入り口から最も遠い窓際の席から発せられたにも関わらず、まったり食事を取っていた面々はぎょっとして振り返る。

その目線の先には二人の姿。名門野球部の一軍とは思えぬ小柄な体に、ピンクに見紛う明るい髪色。青道高校野球部が誇るダブルセカンドが向かい合わせに立っていた。


「は、はるいち、」

「もう知らないって言ったでしょ。話しかけないで」


ツン!と解り易すぎるぐらいはっきりと、春市が口をへの字に曲げたまま珍しく荒い動作で腰を落ろす。
どうにか繕おうと伸ばした手を拒絶され、もう一人のピンク髪、亮介は、その場にパキンと固まってしまった。

何を揉めているのか知らないが、これはとんでもない自体だぞと、隣のテーブルで夕食を掻っ込んでいた伊佐敷達は腰を浮かす。
勿論それは二人を止める為ではない。とばっちりを食らう前に、つまりは亮介が我にかえる前にここを脱出しなければ命に関わる。そう判断したからだ。

その場の全員が同じような事を考えたらしい。揃ってそぉぉーっと立ち上がる中、思いのほか早く立ち直った亮介がコホン、と一つ咳払い。
慌てて部員達が座りなおすと、肩口に触れることも出来なかった両手を広げた亮介が、外国のテレビドラマのようなアクション付きで弁解する。


「いや、あのね?春市」

「……」

「あれは不可抗力だったんだよ。確認しなかったのは悪かったけど…って、聴いてくれてるかな?」


小湊亮介。青道野球部影の支配者。悪魔、いや魔王の微笑みの体現者。(ちっちゃいくせに)いぢめっ子。など等畏怖の念を抱かれている亮介のおろおろした姿に一同無言で下を向く。
弟溺愛とはいえ亮介らしからぬ姿に笑いたいけどそれをやったらあとが怖いし、と葛藤しているのだ。

そんな周囲の気持ちをよそに、二人の、いや一方的なやり取りが続く。


「だからごめんって」

「……」

「俺が悪かったよ」

「……」

「わざとじゃなくてさ、母さんが俺の荷物に入れちゃったんだってば」

「……本当?」

「!本当!!」


ようやく反応を返してくれた春市に、ここぞと亮介が力説する。


「母さんに聞いてくれれば解るって」

「じゃあ何で俺の荷物が開いてたの?」

「よく見ないで開けちゃったんだよ」

「…前もそう言ったじゃんー」

「同じ箱だし仕方ないでしょ」

「そんな何度も間違えるかなぁ」


人の荷物を開けた亮介と入れ間違った母親。二つが重なるなんてそんな偶然あるだろうか。
荷物が荷物なだけに疑いを深める春市に対し、亮介は敢えて母親のみをフォローする。


「母さんって昔からおっちょこちょいじゃない。ホラ、前も弁当の中身入れ忘れて包んじゃったりさ」

「まぁ…そうだけど」

「でも悪気はないんだよ。これからは気をつけてって俺から言っとくからさ、怒らないであげてよ」

「…うん」


いつの間にか悪いのは亮介から母親にすり替わっていることに気付かぬまま、春市が小さく頷いた。
自分の行いから気を逸らさせる話術にすっかりはまった春市は、むしろ『罪のない兄貴にあたってしまった。何て悪いことを言っちゃったんだろう』と肩を丸めてうなだれる始末。


「あの…ごめんなさい」

「うん?」


気付かぬフリで小首を傾げた兄に、益々小さくなる春市。


「もう知らない、なんて言っちゃって…」

「ううん、いいよ」


にっこりと優しく微笑む兄亮介に、春市はホッと胸を撫で下ろした。
二度謝らせて罪悪感と安堵を煽るやり方は亮介の得意とするテクニック。そうかこうやって自分が悪いような気にさせられるんだと学習する伊佐敷達だったが、こういうのは傍から見てなきゃ解らない。
それを証拠に冷めきっていた春市の頬は、いつもの薔薇色に戻っていた。


「騒いだらお腹すいちゃったね。春市ご飯まだでしょ?持っておいでよ」

「うん」


素早く別の話題に切り替えるのも…もういいや、この話はこれで終わりに違いない。しかしたまたまとは言え騒ぎに巻き込まれた自分達にも、いさかいの原因を知る権利はあるんじゃなかろうか。

食事を取りに行く春市が完全に聴こえない距離まで離れたことを確認し、隣のテーブルからそっと立ち上がった伊佐敷はニコニコとご飯を口に運ぶ亮介に小声で詰め寄った。


「で、何を揉めてたんだ?」

「母さんが荷物を入れ間違った件と、俺が春市の荷物を開けちゃった件だよ」

「そりゃ解るけどよ。…って、そんだけか!?」

「そ。そんだけ。でも間違ったのが水着だったからマズかった」

「はぁ!?」

「来週水泳の授業があるらしくてね。どうして俺の荷物に水着が入ってるんだろう、って思いつつ取り合えず穿いてみたら」

「弟のだったのか…」


こくりと頷く亮介に伊佐敷は微妙な顔になる。
確かに亮介自体は悪くない。予定外の水着が入ってたからって取りあえず穿く必要があったかどうかはともかくとして、不可抗力と言っても差し支えないだろう。

しかしそれだけであんなに激怒されるだろうか。過去なり現在なりにそれだけの悪行があったのでは…。


「これ以上の詮索は無用だよ」

「え、」

「ふふふ」


心を読んだかのようなタイミング。メールであれば語尾に『♪』マークが付きそうな楽しげな顔で亮介は再び箸を運び出した。
それに今度こそこの話はおしまいだと言外に告げられ、煮えきらぬままテーブルに戻る。


この一連の騒ぎをまとめると、

実家から送られてきた亮介分の荷物に弟の水着が入ってた。
それに恐らく、いやきっと、いくら重度のブラコンとはいえ気付いての犯行じゃないだろう亮介が水着を穿いた。
それが何らかの形でバレて弟が激怒。今に至る。


水着と言えばまぁパンツみたいなものだし、確かに兄弟とは言えいい気分じゃないとは思うけど、それだけであんなに怒るのは不自然だ。
これにはきっと、『前もそう言ったじゃん』という弟の言葉や『もう兄貴なんて知らない』の『もう』に深い深い意味があるのだろう。


「春市、からあげ一個あげよっか?」

「えー、いいよ。むしろご飯を少し貰って欲しいぐらいだよ」

「じゃあ一口だけね。あーん」

「ふ、普通兄弟でそんなことしないってばっ」

「「「………」」」


何があったのか知らないけど、どーでもいーや。


色々考えていた伊佐敷は半眼になる。

真っ赤な顔で亮介のご飯茶碗に一口分乗せる姿を横目に、詮索する気力も萎えた一同は心中ため息をついたのだった。



(「そもそも三年に水泳の授業なんてあったか?」
「………深く考えなんな、増子」)




-オワリ-





本当に母さんが入れ間違えたのか。それは兄貴にしか解りませんw

パンツ(ズボンに有らず)の続き、パンツの続き、と思ってたら全然関係ないうえに海パンになっちまいました。ちょっと時期が早いけどね^^;

だって高校生男子がパンツ送ってもらったりしないだろうし、第一さすがの春市も兄貴に穿かれたら引くでしょーよ…^^;



ご来訪ありがとうございます!

2012/5/08 ユキ☆



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