* お題他 *

□『夕焼けはときどき優しい』
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「…え?」


西日が差し込む夕暮れ時の部屋の中、俺はピタリと動きを止めた。
突然の来訪者をのためにスペースを作る体勢のまま、ゆっくり振り向く。
その視線の先で立ち尽くす『恋人』は、もう一度同じ言葉を口にした。


「あいつ、別れたんだと。だから、」


一呼吸おいて。


「だからさ、俺。今度こそ…頑張ってみようと思う」


俺を真っ直ぐ見つめた純は、そう言ってポケットに突っ込んだ両手を握り締めた。

純は哲が好きで、俺はふたつ下の弟に兄弟以上の想いを抱いている。
でもそんなの当人達に言えっこない。哲には相手がいたし、俺に至っては弟だ。俺たちの想いは絶対にバレちゃいけなかったんだ。
だから俺たちは手を結んだ。誰にも気づかれないように、秘密を持つ者同士『恋人』という契約を交わした。


でも、いつからかな。


哲ばかり気にしてて、好きなくせにキューピッド役なんて買って出ちゃう不器用な純に惹かれはじめたのは。



差し込む茜で純の表情がよく見えない。なのにどんな顔をしているか想像出来る。
俺を見る緊張と決意がない交ぜになった眼差し。多分間違っていないと思うんだ。
もう2年も毎日毎日顔を突き合わせてるからね。手に取るように解るんだよ。


「そっか」


思いがけない告白に、明るく答えようとした声が少し掠れた。
その不自然さに気づかれる前に、俺は契約彼氏ににっこりと笑う。


「良かったじゃん。今度こそ頑張ってよ」
「…おぅ」


俺の返事にほっとしたのか、ふー、と純が息をついた。
気持ちなんてカケラもない、ただのカモフラージュ相手の俺にすら、哲への想いを口にするのは緊張すんの?
だったら俺が言ってやろっか?元恋人として純のことをよろしくねって。


『哀しい。悔しい。気付いて欲しい』

そんな感情もドロっとした衝動も全部隠して、俺は無理に憎まれ口を叩いてやった。


「せいぜい振られないようにね」
「うるせーよ」
「はいはい、『別れ話』はもうおしまい。早く行きなよ」
「おう」


精一杯の虚勢に、玄関先だけで用事を済ませた純が軽く手を上げた。
そのままそそくさと出て行こうする背中に胸が痛むけど、仕方ない。

純がどれだけ哲のことを想っていたか、それこそ毎日毎日顔を突き合わせてる俺には解る。ほんと手に取るように解っちゃってたからさ、仕方ないじゃん。
『元恋人』として頑張んなぐらい言ってやらないと、


「あ、」


完全に外に出た純が、ドアを閉めようとして動きを止めた。
まさか目を合わせてくるとは思わなかったから、いつもの笑顔が一瞬遅れる。
でも取り繕う前に、頬を掻いた純が照れ笑った。


「その…ありがとよ。お前も頑張れ!」
「…っ」


息を呑んだ俺の前で、純の離した扉が閉まる。
いつもと変わらぬ音、態度。そのあまりにもあっけない最後に力が抜けて、俺はその場にへたり込んでしまっだ。



…こんなはずじゃなかった。

互いにただのカモフラージュ。厄介な人を好きになった者同士の哀れな契約。それだけの関係。
なのにその相手を本当に好きになって、気付いて貰えることもないまま終わってしまう。こんな誤算に苦しめられるなんて。


(罰が…当たったのかな…)


春市を忘れるために純を利用したから。
応援しているフリをしながら、この関係が続くことを望みはじめていたから。
どこかで見てるカミサマがそんなお前は苦しむべきだと判断したのなら、なるほどこの結果も納得できる。


「…だから、仕方ないじゃん」


自分自身に言い聞かせるように声に出して、下がっていた顎を無理に上げる。
否がおうにも目に入る、純が出て行ったばかりの白い扉も、壁も、何もかもが去り行く太陽の最後のあがきみたいな夕暮れに染まっていた。
その寂しい色が何も言えなかった俺にぴったりで、そんなセンチメンタルなことを考えてしまう自分が可笑しくてたまらない。


ああホントに馬鹿みたい、と思いながら肩越しに振り向くと、ガラス越しの真っ赤な太陽に視界を焼かれる。
反射的にすがめた目には窓越しの木々も建物も輪郭だけしか映らなくて、空っぽの俺には不思議と優しく感じられた。

それは、
無理に頑張らなくてもいいのだと。
眩しさのせいにして泣いてしまってもいいのだと、そう言っているような気がしたから。


「………っ」


ゆっくりと、息を吐く。
ドロドロした気持ちも、泣きたい気持ちも、純のことを好きだって気持ちも全部全部追い出すように息を吐く。
そうしてもっともっと空っぽになってしまえば、いつかまた新しい誰かを想える日がきっと来るから。



でも今はまだ、もう少しだけ――――。

情けない自分を包んでくれる夕焼けのせいにしてしまおう。と目を細めた。




夕焼けはときどき優しい






-オワリ-







笑顔になれる話をかきたい;


最後までお読みいただき、ありがとうございました!
<お題サイト:確かに恋だったさんより、タイトルをお借りしました(207 夕焼けはときどき優しい、契約彼氏に恋をする) いつもありがとうございます^^>



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2013/11/16 ユキ☆

 

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