* 倉亮 *

□『restart』
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あんなに噛み合ってた亮介さんとの間に、少しづつ溝が出来始めたのはいつからだろう。

例えば互いの視線の向かう先、考え方、触れなくなった指先。
思い起こせば付き合う前や付き合い始めた当初とは、心の距離も身体の距離も、大分遠いところに来てしまった。

それでも相変わらず俺達は最強のニ遊間で、野球に関してだけはピッタリ呼吸が合っていて。

だけど、


「このままじゃ俺達、いつか皆に迷惑掛ける」


そう切り出したのは亮介さんの方だった。

これからいよいよ夏本番。地獄の合宿も乗り切って、甲子園予選に向けて最後の調整が始まろうとしている。そんな夜の事だ。

いつも二人で練習していた、自販機奥の小さな空き地。そこに一つしかない弱弱しい外灯に照らされながら、亮介さんは緩く笑った。
その笑い方は、強がってる時のこの人の癖。それを知ってる筈なのに、それってサイアクだと思わない?と細い肩を軽く竦めたその影を、俺はぼんやりと眺めていた。







『restart』







亮介さんの言うことは最もだ。

正直言って俺達は、互いに別れを意識してる。
意識してるってか、もう終わってんだって気付いてる。気付いてんのに踏み出せなくて、ズルズルズルズル続けてきた。

でもそれも、もうお終い。
これから始まる甲子園予選と言うサバイバルゲームに勝ち続けて行く為にも、亮介さんの言う通り、あるべき場所に戻った方が絶対いいに決まってる。

だってよ、こんなギクシャクしてんのに、いつまでも良いコンビでいられる方がどうかしてる。
ずっと変わらないと思ってた気持ちだって綻びてきてる。コンビだって同じかもしんねーじゃん。

そう思ったらゾッとして、俺は首を縦に振っていた。取り戻せない関係にしがみついて、相棒ですらいられなくなるなんて冗談じゃない。だから後戻り出来ないように口を開いた。


「そっスね。んじゃ、やめましょーか」


なるたけ軽く言った俺に、亮介さんは弾かれたように顔を上げた。


「…倉持ならそう言うと思ってた」


その後唇だけでそっと笑う。溜息を吐くみてぇなそれが息苦しくて、俺は近くのベンチに音をたてて沈み込んだ。

両腕を背もたれに引っ掛けて、仰ぎ見た空はやけに濃い。
これがアレだ、漆黒の闇ってヤツ。星なんか一個もなくて、風一つ吹いてこない。澱んだ空気がまとわりついて気持ち悪ィ。
ったく、俺達の最後の夜に相応しいとは思うけどさ、景気付けに星空拝ませてくれたっていーんじゃねーの?

苦笑いしながら八つ当たりをする俺に、亮介さんが眉を顰めた。


「ちょっと、何笑ってんの?頭おかしくなったんじゃないだろうね?」

「ひでーっ!んなんじゃねっス」

「あ、ゴメン。元からだった?」


妙に高いテンションに亮介さん無理してんなぁと思ったけど、いや思ったからこそいつものように笑い返せば、亮介さんが応えるようにポケットに手を突っ込んだまま、さっきとは違う顔で肩を揺らした。

真っ暗な空の下、俺達は精一杯の意地を張りながら、泣きたい気持ちを押さえつけてバカみたいにふざけあう。

でも―――、うん。ちゃんと出来てる。
今はちょっとキツイけど、大丈夫だ。俺達なら元に戻れる。

たとえば、このままいつもみたいに寮に戻って、また明日って言葉どおりに顔を合わせて朝飯食って。
学校行って練習して練習して練習して、呼吸を合わせて精度を上げる。

…大丈夫、昨日までと何も変わんねぇよ。

ただそこに、面倒な感情も義理立てもなくなるだけ。純さんや哲さんに肩を抱かれたり頭撫でられたりして、むくれながらもちょっと嬉しそうなアンタの側を素通りするだけ。
それにムカついてももう二度と、手を引くことも出来なくなるだけ。


「くら、もち」


息を飲んだ小さな声に、ハッとした。
やべぇ、一緒に居て他の事考えてるとこの人すげぇ怒るんだった。と反射的に謝りかけてもうそんな関係じゃないって思い留まる。
それに痛んだ胸を誤魔化すように苦笑して…。泣きそうな相手の顔と自分の行動に目を瞠った。


…掴んでた。


温かくて小さくて、それでいてどんな打球も逸らさない最高の手のひらを。
初めて握った日、こんなに小さかったんだと愛しくてたまらなくなった手のひらを。

ぎゅっと、強く。まるで離したくないと言うように、俺は握り締めてしまっていた。


「す、すんません」


なんで、と焦って頭を下げる。だけど接着剤でガッチリくっついたみてぇに、俺の手は亮介さんを放しゃしない。


「…いいけど、」


もう放してね。と小さな声で拒絶されて一層胸が締め付けられるように苦しくなった。それを堪えようと思えば思う程、握る力が強くなる。


「…すんません」


倉持、という困った声にもう一度同じ言葉を繰り返す。こうやってちゃんと謝れるのに、何でだよ。何で放せないんだよ…。
それでも握り締め続ける手を見下ろして、俺はどうしていいか解らなくなった。


もうずっと俺達は噛み合わなくて、だけど喧嘩したら終わっちまうからって互いに目も合わせなくて。真正面からぶつかるのが怖くて避け続けてた。
それじゃいけないって、話し合わなきゃって思った時にはどうにもならなくて。だからもう、別れるしかないんだろうなって諦めてた。

俺といるより純さん達と一緒にいる方が楽しそうで、だったらそうすりゃいいじゃんなんて、もう嫉妬する気すら起こんねぇよなんて、すっかり醒めた気でいたけれど。


気まずい沈黙を吹き飛ばすように、グラウンドから吹いた風が背中を押した。



「やっぱ…、無理っス」


思ったままを、口にする。


「…は?」


意味が解らないと、本当は解ってるくせに眉を寄せる愛しい人を正面から見下ろした。


「亮介さんに誰かが触れんの、見たくねぇよ」

「…ちょっと、何言って」


無理に苦笑する亮介さんの腕を引きよせる。ちゃんと付き合ってる時すらしたことのない強引な行為に、亮介さんの反応が僅かに遅れた。
その隙に力いっぱい抱きしめて、ああこの人、こんなに頼りなかったんだ、なんて殴られそうな事を思う。


「くらもち…!」

「大人しく肩抱かせてんのもムカつくし、それに文句言えない自分がすっげぇムカつくんです」

「っ、そんなの」

「別れたくないって言ってんです」


抱きしめた腕の中で、亮介さんの体がビクリと跳ねた。
それを誤魔化す余裕すら与えずに、心臓の音が聞こえそうなぐらい密着する。

こんなん無茶苦茶格好悪ィよ。解ってる。でもしょうがねぇじゃん、やっぱ好きなんだ。これで終わりって思ったら、たまんなくイヤだって気付いたんだよ。
無意識に掴んじまったのもそう。離せなかったのもそう。きっとこれが答えなんだ。


「やめてよ…」


腹を括った俺とは対照的に、亮介さんは逃れようと身を捻った。


「イヤ、です」

「やめろってば」

「イヤだ」

「やめろって言ってんだろ!?」

「イヤだって言ってんです!」


腕の中で暴れる相手をぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう力任せに抱き締めて叫びあう。
傍から見たらどういうシチュエーション?って思うような状態でも俺達は必死だった。

それでも、いっこ上の落ち着きか、性格の問題か。亮介さんが声を落とした。


「もうやめようって、今決めたじゃん」

「解ってます」

「お前だってその方が良いって思ったんだろ」

「そうですけど、やっぱ無理だって気が付きました」

「…子供かよ」

「子供でいいです。ってゆうか改めて好きだって気がついたんです」

「……何それ」


不恰好な告白に、亮介さんの声が震える。
もしや感動してる?と少し腕の力を緩めたのがいけなかった。すかさず腕だけ抜けた亮介さんが、至近距離から手刀を叩き込んできた。

がん!


「んぎゃ!」


やたら激しい音が頭上で、というより亮介さんの手と俺の頭の間で炸裂する。あまりの痛さに変な声を上げて屈みこんだ俺にもう一撃、いや二撃、数えられないぐらい、ぶちキレた亮介さんが必殺のチョップを叩き込んでくる。


「この…っっ!さっきから大人しくしてればワガママばかり…!」

「いたっ!痛いです!痛いですってば!!」

「うるさいっ。何が改めて気がつきましただ!この浮気者!甲斐性なし!薄情者!自分勝手!バカ!バカバカバカ!」

「ちょ、ちょっと待ってください!ホントちょっと待って…っ」

「待たないよ!俺がどんな気持ちで言ったと思ってんの!?お前なんかただ避けるだけで、そのくせ『そっすね』なんて軽く言いやがって…!」

「すんません!俺が悪かったです!」

「あったりまえだろ!?俺が悪いって言いやがったら殴り飛ばすところだよ!」

「てか今殴られてる…っ」

「何!?」

「何でもありませんっ。…ってマジ待って下さいっ」


ようやく掴んだ手首を押さえ、見上げると泣きそうな顔を真っ赤に染めている人がいた。


「何で、そんなに怒るんですか…?」


本当に俺のことなんてどうでもよくなったのなら、笑い飛ばしてさっさと寮に戻れば良かったんだ。
そうしないで怒ったのには理由がある。俺の思い違いじゃなかったら、それは多分こういうことだ。


「亮介さん」

「何」

「好きです」

「…バカなんじゃないの?」


憎まれ口が掠れてる。それに勇気付けられて、調子に乗った俺は細い体を今度はそっと抱きしめた。
久しぶりの温もりは、柔らかくて、小さくて、風呂上りのシャンプーの香りがする。



「知ってます」

「…そっちから離れたくせに」

「すんません」

「純達と一緒にいるのが嫌なら言えば良かったじゃん」

「言ったら気を使ってくれたんですか?」

「んなわけないでしょ。思い上がり」

「…ですよね」

「……」


だから言えなかったんです。と呟いた俺をまだ赤い顔で睨みつける。
そのまま何か言おうと口を開き、少し悩むように間をおいてから最終的にはため息をついて、


「でも、…なるべく触らせないように気をつける」


そう言って、珍しく俺の肩に顔を埋めてしまった。








「っていうかさ!お前こそ御幸と仲良いじゃん!人のこと言えんの?」

「…亮介さん、ヤキモチやいてくれてたんですね…!」

「っ!(ビシッ!)」

「いってぇ!」





-オワリ-






お久しぶりですみません;見捨てずにいて下さってありがとうございます!!

別れ話のつもりで書きはじめたのに、だんだん哀しくなって方向転換してしまうのは私の悪い癖です^^;
よりを戻す話なので、亮介さんをちょっと甘えさせてみたんだけど…。書いてる私が恥ずかしくなった^^;
もっとドキドキきゅんきゅんするような締め方を身に着けたいよ!

それにしても、やっぱり倉亮っていいですよね〜vこの身長差!ツンデレ兄貴!ふりまわされる倉持!でもなんだかんだ倉持に惚れてる亮介さんっv
改めて倉亮が好きだなーって実感しました(「改めてって何さ」と亮介さんにチョップされそうΣ)


ご来訪ありがとうございます!

2013/4/21 ユキ

  Clap
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