会
     



その日、非番だった俺は一人で京の街をブラブラしていた。
総司は病床につき、平助や斎藤が伊東派に付いて新選組を出て行ってからどうにも忙しくしていたから、丸一日休みというのは久しぶりだった。
だからといって特にする事も無く、誘い出歩くような相手もいない。
真っ昼間から一人で酒ってのもなんだか気が引ける。
屯所にいたらいたで、何やかんやと雑用を押し付けられるし。
まぁ、その方が余計な事を考えなくて済む分良いのかも知れねえが、今日はなんとなく動く気になれなかった。

平助の奴、なんで俺に一言も相談してこなかったんだよ…。

そう胸中で呟いたが、脳裏に浮かんだ顔は平助では無く、紫紺の髪に蒼い瞳。

「あーあーあーっ!」

その顔が浮かんですぐ、俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。道行く人々が奇妙な物を見る目で俺を見、避けて行く。

なんで俺に一言も…という思いは、本当は平助より斎藤に対しての方が大きかった。
だがそんな事を思う自分が、情けなくて恰好悪くて、斎藤の名前だけは出さないようにしてきた。

俺と斎藤はいわゆる恋仲だった。…いや、今となっては果たして本当にそうだったのか疑わしいが、少なくとも俺はそうだと思っていた。

元来斎藤は表情が乏しい。加えて口数も少ない。特に自分の事はめったに口にしない。
それでも長い付き合いの中で、僅かな変化でも斎藤の感情が少しは分かるようになっていた。
俺が斎藤に「好きだ」と言った時、斎藤は「わかった」とだけ言った。
たった一言だったが、その時の斎藤は随分嬉しそうに見えたし、柄にもなく頬を赤らめたりしていた。俺にはそれが、俺の想いを受け入れたんだと思えたんだ。
そっと抱き締めた時も、ぎこちなく交わした口付けも、嫌がっている素振りは無かった。

無かったのによ…。

結局、俺の勘違いだったってわけだ。
はーぁ、と溜息を吐いてから立ち上がる。

と、三間程先、人混みの中。

紫紺の髪、白い襟巻、黒い着物。
ぴんと伸ばした背筋。
他人を寄せ付けない空気。

見間違うわけがねぇ。

「おい!さ…」

声を掛けようとして、思いとどまった。
新選組と御陵衛士、接触は禁じられている。
俺はともかく、斎藤に迷惑がかかってしまう。

声の届く距離にいて、ほんの数歩行けば手が届くのに。
ただ、見てるだけ、なんてよ…。

情けねえな。

踏み出していた足も、伸ばしかけた腕も、ゆっくりと元に戻して。
目の前を通り過ぎて行くのを、ただ眺めていた。

歩く度、白い襟巻が風にたなびく。
ゆらゆらと流れる無造作に結っただけの癖の強い髪が、不意にその動きを止めた。
闇夜を思わせる深い蒼色の瞳が動いて、俺を捉える。
跳ね上がる鼓動。
俺も斎藤も、ただ立ち尽くしてお互いを見合った。
ほんの一瞬が、気の遠くなるような時間にも感じられる。



先に動いたのは斎藤だった。

視線を外すと、俺に背を向け歩き出す。

ああ、やっぱりな。
俺を見つけても、顔色一つ変えやしねえ。
何とも思っちゃいねえんだ。
俺ばっかりが斎藤を好きで、一人でうじうじしてて。

馬鹿みてえ…。

斎藤の背中を見送りながら、自分の馬鹿さ加減に笑いが込み上げてきた時、斎藤が首だけをこちらに向けて俺を見た。
僅かにコクリと頷くような仕草。

…何だ?

わけが解らずその場に突っ立っていると斎藤は、数歩行っては振り向き、数歩行っては振り向きを繰り返す。
次第に、苛立ったように俺を睨み付けてきた。

付いて来い、ってことか?

俺が一歩踏み出すと、斎藤はほっとしたように口許に笑みを浮かべた。
やはり、付いて来いという意味だったらしい。

元々気配に聡い斎藤は、俺が付いて来ている事は見なくとも分かるのだろう。振り向く事もなく、すたすたと数間先を歩いて行く。
細い路地を何度も曲がり、どこをどう進んできたのか分からなくなる頃、雑木林を抜けた所にある廃寺の前で斎藤は足を止めた。
辺りの様子を窺ってから、そっと中へ入って行く。
斎藤が廃寺の中へと入ってから、しばらく辺りの様子を見た後、俺も廃寺の中へと足を踏み入れた。





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