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森のフォーラム

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Re:短編小説
美里
[ID:want2love]
【午後の日差しが降り注ぐ1Kの窓際にて】

ぎぃ、ぎぃ、と歩く度に床が軋む部屋に、私と彼はいた。
隣に粗末な座布団をひいて、年寄り特有の掛け声とともに腰掛けた。無言で渡される珈琲は、私の好み通り砂糖とミルクがちゃんと入っている。
「長かったねえ」
そして彼に寄り掛かりながら呟く。痛めた腰には辛かったが、こうしていたかった。彼も同じだろう。
「後悔してる?なにか」
「いや、別にそうでもないよ」
思いあたる節があったからこそ聞いた言葉だったけど、思いの外彼の表情は穏やかだった。
「本当色々あったね……富豪になったり貧しさに怯えたり。それでも目立った喧嘩はしなかったね」
「そうね……でもあんた、本当に幸せだった?よかったの?」
私たちは高校生の時に出会い、それから青春を越えて、人生の殆どを互いとともに駆け抜けてきた。止まることもせず、気が付いたらこんなに歳を取っていた。
「……さっき僕らを訪ねた男が居たろう。喚きながら、沢山の名前を叫んでいたね。その中に僕の知っている名前があった……彼は僕の大学の後輩だったんだ」
それが、あの様、この様さ、と彼は苦笑いを漏らした。
「けれどもね、僕はなに一つ後悔をしていないよ。いい職場に就こうと、必死に一流の大学を目指したさ。彼もきっとその口だろう。しかし僕は起業するも失敗、彼はおそらく就職先で切られたのだろうね」
私はその話に静かに耳を傾ける。穏やかな彼のその口調には、精神を安定させるなにかがある。
「懸命に生き延びようと、早くから社会を見据えて頑張った。その結果が無職じゃあ、やりきれない。僕は倒産し、無一文同然になった。だけど、『しょうがない人ね』って支えてくれた君がいたから、また頑張ろうって思ったんだ」
「僕は努力の仕方を受験で学んでいたから、そこからまた踏み出せたんだ。何をしても生きづらい世の中だけど、世間のせいにするだけじゃ、なにも始まらないしね」
「そして気が付いたんだ。僕らは走り疲れていた。そろそろ休まなきゃいけないって」
彼は目を細めて笑った。彼の目尻の笑い皺は、昔からあるもので、本当に心から笑ったときに出現する、私の縁起のいいものだった。私は静かに泣いた。
「ねえごめんね、本当にごめんね」
「いいんだよ。二人ならなにも怖くはないんだから」
私のこめかみに口付けをして、ゆっくり抱きしめた。そして顔を覗きこむようにして囁いた。
「一人きりのほうが怖いんだ。例え逆に僕が死んでも君はそうするだろう?」
だからいいんだ、と、もう皺だらけの私の頬を何度も撫でた。私は鳴咽を止められない。
「さっききた彼には人生をやり直すように言って有り金を全て渡したよ。その代わりに彼の持っていた果物ナイフは貰った」
誇らしげに笑う彼を見ながら、私は馬鹿な人、と何度も呟いた。馬鹿よ、馬鹿、とも。
「君はこのナイフで、手元にある果物をできるだけ使って、お得意のフルーツタルトを作るんだ。最後の食事にしよう」

午後の日差しが降り注ぐ中、私たちは誰にでも太陽は輝くという意味を本当に理解した。

「そうしたら次は、あの世のどこで待ち合わせるか考えようね」
きっとまた夫婦になれるさ、そういって初めてのような口付けをした。


+

老夫婦な話。こんな幸せに死にたい(笑)
毎度長くてすみません。
下がってたからあげてみた。

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