Story〜M

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部活に行こうと声をかけてみたものの、黄瀬はどこかぼんやりとしている。
「黄瀬?」
「…んー…」
呼び掛けに対する返事もやる気ない。
「また何か悩み事か?」
「…聞いてくれる?」
青峰の答えを待つことなく、黄瀬は指を折った。
「体で仕事を取っていると言われた。…よし、18文字」
「別に20文字以内で話せとは言ってねぇよ」
くだらないことをする余裕はまだあるらしい。
その相談内容も、想像以上にくだらないものだった。
「そんなんさくっと否定して終わりだろ」
「否定、できなかった」
「はぁ?」
どこに肯定する要素があるというのか。青峰が顔をしかめると、黄瀬は言い訳のように言葉を継いだ。
「だって、実際俺は仕事のために青峰っちにその…色々してもらってて、体を利用して仕事を取っていると言われたら全部は否定できないかなって」
「…そんな風に考えてたのかよ」
足を止めた青峰が、低く吐き捨てる。
「馬っ鹿じゃねぇの」
馬鹿馬鹿言われるのは日常会話の一部だ。しかし、今のはまるで重みが違った。
青峰は本気で怒っている。
更に何か言いかけた青峰は結局何も言葉にすることはなく、舌打ち一つを残して歩み去った。
後を追うことは、出来なかった。


「涼太、大丈夫?」
マネージャーの心配に、黄瀬はぎこちない笑みを返した。
「…大丈夫。けどちょっとだけ、一人にしてもらっても良いっスか?」
そうだろうとは思っていたが案の定、撮影は散々だった。今までの好調さが嘘のように。
一人控え室に戻った黄瀬は、重く溜め息を吐いた。
ケンカなんて日常茶飯事だ。
大抵は言いたいことを言い合った後はバスケでもすれば元の関係に戻っている。こんな、一週間以上も口をきかないなんて状況は初めてだった。
青峰がどうして怒ったのか、黄瀬には予想することすら出来ない。原因が分からないから、謝ることも出来ない。埋まることがない溝に、寂しさと焦りが募った。
青峰がかけてくれた魔法は、もう解けかかっている。
「青峰っち…」
会いたい。強い願いが湧き出る源の感情を探る。
仕事のため。本当に、それだけなのだろうか。
確かに初めは色気を求められたことに困って、青峰の力を借りた。しかし今は、「笑って」という指示にさえ、思い浮かべるのはあの綺麗な青色だった。
何かが見つかりそうになった時、ドアをノックする音が聞こえた。
姿を見せたのは、撮影スタッフの一人だった。確か結構なお偉いさんだったと思い出す。
「…何スか?」
「撮影、上手くいっていないんだってね」
部屋に入って来た男は後ろ手に鍵をかける。
黄瀬が危機感を抱くよりも早く、男は黄瀬の腕を引くとソファーに倒した。
「…っ」
「噂、聞いたよ」
体の上で、男がいやらしく笑う。
「体で仕事を取るんだって?」
「っ!…それは…」
違う。否定を口にすることは、やはり出来なかった。
男の手がゆっくりと体をなぞる。嫌悪感からその手を跳ね除けようとして、思い留まる。
仕事のため。本当にそれが全てなら、別に相手は誰でも、青峰でなくても良いはずだ。
顎を持ち上げられるのに、黄瀬は目を閉じた。
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