Story〜M

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「もう一回…!」
黄瀬がしつこいのはいつものことだけれど、今日は執念すら感じるほどだった。
「…もうやめとけって」
「あと一回だけ…っ」
肩を大きく上下させながら、黄瀬がボールを持つ。とうに体力など尽きている。今の黄瀬からボールを奪うのは、赤子の手を捻るようなものだった。
「はい、おしまい」
青峰があっさりとボールを手にすると、黄瀬は糸が切れたようにその場に座り込んだ。
「…何なの?今日は」
青峰がボールを弄びながら問いを投げると、黄瀬は俯いたまま手を握った。
「…俺、明日から一週間沖縄なんスよ」
「撮影?」
コクンと頷きが返る。そういえば、今日黄瀬が赤司と何か話していたことを思い出す。
「凄いことなんスよ。単独でこんな大きな撮影なんて。でも…」
自慢と呼ぶには黄瀬の声はあまりにも弱々しい。
「…正直、自信ない…」
項垂れる黄瀬は小さくて、青峰は手を伸ばさずにはいられなかった。
「黄瀬…」
「馬鹿が馬鹿なことを言ってると思ってくれていいっス」
面を上げた黄瀬は、迷いをまばたきで押し込めて、強く青峰を見つめた。
「一緒に、来られない?」
「お前…」
「分かってる!青峰っちには学校もバスケもあるし、無理なのはちゃんと…分かってる、っス…」
力を無くしていく声と共に、黄瀬の視線は下がっていく。
その目が完全に地を向いてしまう前に、青峰は黄瀬を抱き締めた。黄瀬は逆らうことなく、青峰の肩に額を乗せる。ほとんどゼロに近い距離だったからこそ、青峰の耳は小さな呟きを拾った。
―――俺、青峰っちがいないと駄目なんスよ。
たまらず、拘束する腕に力がこもった。
「…なら、一週間分持っていけ」
問うように顔を上げた黄瀬をもう一度引き寄せて、青峰は唇を重ねた。


急に仕事が増えた。つまり、モデルとして売れ出した。転機はいつだったか、なんて考えるまでもない。
きっかけは教室でのキスだった。
それ以降、撮影で褒められることが増えた。写真を載せた雑誌は順調に売り上げを伸ばし、いつしか人気モデルと呼ばれるまでになった。
青峰に触れられる度に自分の評価は上がっていく。もう認めざるを得ない。
モデルとしての『黄瀬涼太』は、青峰の存在に支えられている。


二人で遅くまで1on1をした後はシャワーを浴びて、着替えて、部室のベンチで軽く話す。いつもの流れをなぞりながら、二人の間にある空気は固かった。
黄瀬が不自然な距離を空けてベンチに座ると、青峰は僅かに方眉を上げた。
「なんでそんなとこ座んの?」
「…だって…」
一週間分。青峰が言ったことが引っ掛かる。
「あ、の…青峰っち…」
視線ごと逃げかけた体が捕まる。
「あ…」
抱き締められるのはすっかり慣れてしまった。その匂いにも、温度にも。
青峰の鼓動を全身で感じると、力が抜けた。
指先で顎を持ち上げられる。青峰とのキスに違和感を感じなくなったのは、いつからだっただろうか。ぴったりと隙間なく重なり合った唇は、まるではじめからそうあるべきだったかのような錯覚まで起こさせる。むしろ離れてしまうのがおかしいような気がして、黄瀬は青峰の唇を追いかけた。
黄瀬からのキスに一瞬戸惑ったのが、背中の腕から伝わった。でもすぐに重ね直された口付けは熱く、呼吸と思考を奪った。
貪り合ったままで体重がかけられる。黄瀬が逆らわずに体を倒すと、背中の腕が支えてくれた。そっとベンチに寝かされる。
「…今日は随分と優しいんスね」
青峰らしくない動作に笑うと、意味深な笑顔が返った。
「それは、どうだろうな?」
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