Story〜M

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部活に行こうと廊下を歩いていた青峰は、開けっ放しの教室のドアから覗いた光景に足を止めた。体の向きを変えて教室の中に入る。
「黄瀬」
「青峰っち…」
教室にただ一人、窓際に座る黄瀬に話しかけると、外を見ていたままのぼんやりした目が青峰を捉えた。
「部活行かねぇの?」
「………」
問いに答えはなく、黄瀬の目はまた窓の外へ、口元は組んだ腕に埋もれた。
何も考えてなさそうな黄瀬にだって悩みくらいあるのだろう。
本人には言えないようなことを考えつつ、ここは一人にしてやろうと背を向けかけたとき、くぐもった声が青峰を呼んだ。
視線を戻すと、黄瀬は体勢を変えないまま尋ねる。
「…色気ってどこから出ると思う?」
想定外過ぎる問いに、とっさに何も返すことは出来なかった。
なに言ってんだこいつ。そう思いつつも黄瀬の横顔は真剣そのものだったので、青峰は答えた。
「…胸じゃね?」
「…胸か…」
いや、笑えよ。青峰の思いに反して、黄瀬は更に沈んだ声で繰り返した。胸か…。
不審過ぎる。黄瀬を一人にしてやろうという気は消え失せた。
「何なのお前」
「…聞いてくれる?」
「20文字以内なら」
「青峰っちは優しーっスね。…中途半端に」
「中途半端言うな」
黄瀬は指折り、文字数を数える。
「モデルの仕事で色気が足りないと言われた。…ああ、1文字はみ出た」
「馬鹿だな」
「馬鹿言うな」
口火をきってしまえば、黄瀬は止まらなかった。
「そもそも中学生に色気求めるってどうよ!?」
「文句言うな。お前プロだろ?」
「プロっスよ!分かってるっス!だけど何、本気のキス顔って!罰ゲームか!」
「なんかお前、色んな意味で可哀想だな…」
「哀れむなー!」
両腕を伸ばしながら感情を垂れ流す黄瀬は、黙っているよりもよっぽど彼らしかった。
いつもなら軽く流して放っておくのだが、真剣に悩む姿を見てしまったからには青峰の中の中途半端な優しさが疼いた。
「模倣とかでなんとかなんねーの?」
「表情とか繊細なものは自分の経験に裏打ちされるから無理っスー」
「じゃあ本気のキスすりゃあいいんじゃね?適当なファンとか捕まえてよ」
「それで本気になられたら面倒くさいから無理っスー」
青峰の優しさは消費尽くされた。
有り体に言うならば面倒くさくなった。
「じゃあもう俺としとけ」
「…は?」
青峰っちとは無理っスー、とは返されなかった。
青峰は眼前の間抜け面を引き寄せると、唇を重ねた。
展開についていけない体は無抵抗で、薄く開いた口の間に舌を滑り込ませるのは容易かった。
舌先に触れると驚いたみたいに体が震え、黄瀬が抵抗を思い出す。
「ちょっ…青峰っち…!」
背けようとする顔を引き戻す。無理やり仰向かせて深く唇を重ねる。
体重をかけてしまえば、座ったままの黄瀬はろくに抗うことはできない。舌を噛む、なんて暴挙に出ることも、さすがにできないようだった。
散々口内を荒らし尽くして顔を離す。
間近で確認した黄瀬は真っ赤で、つい笑みが浮かんだ。
「…部活遅れんなよ」
まだ言葉を取り戻していない黄瀬に一言告げて、教室を出る。
数歩進んでから足を止めて、青峰は目元を押さえた。
大丈夫。自分の顔も赤いということは、多分バレてない。


2012/11/30

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