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Put on. の続き



最近よくお昼休みを一緒に過ごす先輩がいる。
偏食ぎみで食が細くて、ご飯を食べずにデザートのプリンを食べるような人だ。

本人は隠してるけど、俺はたまたまそれを知って心配で声をかけてたら掴み所のない先輩にまんまと嵌まってしまった。

俺は昼休みに空教室に行くことが多い先輩に会いに行く。
友達とお昼をちゃんと食べてる時はいいけど、空教室にいる時は大抵食べてないから。

実は先輩がひとりで教室を出て行く時は、同じクラスの宍戸さんにお願いして連絡してもらってたりする。


「先輩、こんにちは」

『こんにちは、鳳くん』


最初の頃は俺が現れる度に不思議そうな顔をしてた先輩も、最近は特別疑問に思ってる様子もない。


「何か食べたいものありますか?」

『ぷ、』

「プリン以外で」

『…じゃあ、特には』


今日も通常運転だな。


「いつも通りサラダにしときますか」

『はぁい…』


気が進まない様子ながらも先輩は俺が渡したお箸を素直に受け取る。
プチトマトを口に入れて咀嚼する姿が可愛らしくて気づかれないようこっそり笑った。


「はい、ちゃんと食べましたね」

『プリン…』

「いいですよ」


相変わらず食は極端に細いけど何も食べないよりはいいかな。プリンを許可すると、わかりやすく表情が晴れていく。

ふと、嬉しそうにプリンを頬張る口元に目を止めた。

掴み所のない人だからはっきりわからないけど、嫌われてないことはわかってる。そうでなければ、


『…どうぞ』

「ありがとうございます」


俺の視線に気づいた先輩は、食べていたプリンをスプーンに掬って差し出してくれた。
俺はお礼を言ってそれを口に入れる。

プリンを見てたんじゃないけど、断る理由もない。
先輩の食べてるプリンは美味しいし、それに近づく口実にもなる。

離れていこうとするスプーンを持つ手を掴んで引き止めると、反射的に顔を跳ね上げた先輩と目が合った。そのまま近づいて、唇を奪う。

軽く触れただけですぐ離し、至近距離で見つめる。


『…あの、おおとりく、』

「すみません、もう一回いいですか?」

『…っう、ドウゾ』


嫌われてないことは、わかってる。そうでなければ、もう何度もしてるキスに説明がつかない。

最初のキス以来、先輩の食べるプリンが気に入って時々「ひと口ください」とお願いするようになった。
何度か続いたら、何も言わなくても見てると差し出してくれるようになって。
『気に入ったならもう一個持ってくるよ』と先輩は言ってくれたけど、それは丁重にお断りしてある。
プリンが目的なわけじゃないから。

牛乳と卵の味に混じる控えめな砂糖の甘み、それとかすかなバターの香りのするキスに夢中になりながらも、掴んだ腕の細さに眉をひそめる。

そもそも、この人の細さが気になりだしたのは最初に出会った時からだ。

教室から出ようとしてた先輩と、宍戸さんに会いに来た俺が教室の前でぶつかって先輩が跳ね飛ばされた。
俺は背が高いし普通にウエイトの差で考えれば当然なんだけど、ちょっと軽すぎると腕を引いて起こした時に思った。
そしたらこの偏食と食の細さ。心配にもなる。

でも体育の授業後の薄着を見た時は心配よりも欲が勝った。

本当はさっさと自分だけのものにしてしまいたいと思いながら、掴み所のない先輩に今一歩が踏み出せないまま曖昧な関係が続いてしまっている。














日増しに暑くなる今の季節は、湿気も多い。
日射しにも注意は必要だけど、こんな日でも熱中症になることがあるから水分は補給しておかないと。

ロードワークの後、躰をクールダウンさせるために歩いてたらスポーツドリンクが欲しくなった。近くのコンビニに向かい、そのまま入る。

店内を歩いてる時、スイーツコーナーに並ぶプリンが目に止まった。

そういえば先輩がいつも食べてるプリンてどこのなんだろう。いつも持ってるのはラベルが剥がされてる状態だからメーカーは知らないな。

多くの種類のスイーツが並ぶ売り場を眺めてみたけど、先輩が普段食べてるプリンはなさそうだった。

そんなことがあった翌日。一段と暑くて、湿気も多い日。


「先輩、」

『食べたくない』


この気分の滅入るような環境が拍車をかけてるのか、今日の先輩は頑なだった。


「でも先輩、少しぐらい食べておかないと本気でバテますよ」

『プリン食べるから平気』

「プリンだけじゃ不十分だっていつも言ってるじゃないですか」

『やだ』


普段はなんだかんだ俺の言うことを聞いてくれる先輩が、今日は折れてくれない。


「…仕方ないですね」


大好きなプリンを食べたら気分も浮上するかもしれない、そう思って俺のほうが折れた。
目に見えて表情を変えた先輩はいそいそとプリンの蓋を開ける。


『鳳くん、はい』

「…、いただきます」

『どうぞ』


苦笑して見てたら俺がプリンを欲しがってると勘違いした先輩が、いつものようにスプーンで掬って差し出してきた。

勿論断る理由のない俺はそれをぱくりと口に入れる。


「…?あれ、」

『あ、美味しくない?』

「いえ、美味しいですけど。いつもと味が…」

『今日ほうじ茶プリンにしてみたんだよね』

「ほうじ茶、ですか」


少し香ばしい感じと、砂糖とは違う甘みは言われてみればお茶の風味だ。


『この前有名飲料メーカーから出たほうじ茶ラテ飲んだらはまっちゃって。こういうプリンもアリかなー、って』

「美味しいですよ。あ、でもいつものも美味しいです」

『本当?ありがとー』

「…そういえば、昨日コンビニのスイーツ売り場見たんですけど、先輩がいつも食べてるプリン置いてなかったんです。どこのメーカーなんですか?」


今日先輩が持ってきてる容器にも、パッケージはない。


『市場には出回ってないね、自家製だから』

「え!先輩が作ってるんですか!?」

『そんな驚かなくても…わたしカラメル苦手だって言ったじゃない?市販のプリンは大抵入ってるからね』

「すごい、俺普通に売ってるものだと思ってました」

『すごかないよ?わたしのは蒸すやつじゃなくてゼラチンで冷やして固めるだけの一番簡単なプリンだもん』

「そうだったんですか…」


いつも食べてるプリンの製造工程を聞いて感動してたら何を思ったのか、


『一緒に作ってみる?』


そう提案してきた。…本当に、掴めない人だと思いながら。


「是非」


翌日、調理室を借りてプリンを作ることになった。






-----







翌日。


『じゃ始めるね』

「よろしくお願いします」

『今日はほうじ茶じゃなく普通のやつね。最初は基本に忠実なのが一番』

「はい!」


エプロン姿で調理器具を広げる先輩はどことなくきりっとして見える。


『まずは牛乳を温めます』

「はい」


計量した牛乳をお鍋に入れて火を点けた。


『鳳くん、卵割って混ぜてくれる?』

「わかりました」

『お砂糖加えまーす』


ホイッパーをしゃかしゃかしてると、横から白いものが放り込まれた。


「こんな簡単な感じでいいんですか?」

『いいのー、牛乳温まったから入れるね』

「あ、はい」


お鍋にかけられてた牛乳もボールに加わって、更に先輩がどこからか取り出した茶色い瓶を降って中の液体を数滴垂らした。
甘い香りが広がって、瓶の中味がバニラエッセンスだと悟る。


『次はゼラチン』


いつの間にかお湯で溶かされてた粉ゼラチンも投入された。


「すごい、俺かき混ぜてるだけなのにどんどんできていきますね」

『鳳くんが混ぜてくれてるからすごい楽チンだよー。…あ、もうこれぐらいでいいや』

「はい、次は?」

『こっちにもう一個ボールあるから、これとその茶こしを使って卵の液をこします』

「わかりました」


俺が茶こしに液を何度かくぐらせてる間に、先輩はブラスチックの容器をバットに並べていた。


『ありがとう。すごい!滑らかになったね』

「そうですか…?自分じゃよくわかりませんけど」

『充分だよ。じゃあこっちに移すね〜』


慣れた手つきでボールを傾け、あっと言う間に液が均等に移された。


「これで終わりですか?」

『うん、冷蔵庫に入れといたら2、3時間で固まるから。あ、今のうちにバタークリーム作っちゃおうかな』


バタークリーム…
カラメルソースに代えて先輩がプリンに添えてる白いあれか。


「手伝います」

『ホント?じゃあこれ、』


俺と話ながらもテキパキ手を動かしてた先輩が、洗ったボールとホイッパーを差し出してくる。
そこに何かの白い粉を計量して入れ、お湯を加えた。


「その白いのは…?」

『インスタントのコーヒーに入れるパウダー状のクリーム。混ぜてくれる?』

「わかりました」

『何度もごめんね。混ぜるのは適当でいいから。ホントはハンドミキサー使って高速で混ぜたら角も立つんだけど、そこまではしなくていいよ』

「へー、そうなんですか。あ、ここにバターも入れるんですか」

『そう』


またホイッパーをしゃかしゃかさせてると、バターが一欠片放り込まれる。

あ、確かにちょっとクリーム状になってきた。

物珍しくて覗き込んでたら一瞬手元が狂って、ボールの中身が跳ねた。


「わっ?」

『え、大丈夫?あ、顔に…』

「え、どこですか?」

『ふふ、ここー』


にこー、と笑った先輩が俺の片頬を指で拭って、あろうことかその指を俺の口に突っ込んだ。


「っ、!?」


ぎょっとして目を見開く俺の口の中に広がる、バターの風味。…初めてしたキスの味。


『お味はどうですかー』

「……、」


笑ったまま指を引こうとしたから、阻むように軽く食んでみる。極力歯が当たらないよう、唇で挟んで。


『っ、ちょ…』


ぺろりと指先を舐めて、口を開いた。


「ご馳走さまでした」

『何をご馳走になってるんですか…』


眉を下げて言う先輩は可愛い…けど。
俺のすることに嫌がらないばかりか、こんなことを普通にしてくる先輩も悪いと思う。


「先輩、もうひとついただきたいものが」

『ぅえ?なんですか!』

「わかってますよね?」

『っん、』


顎を掴んで上向かせると、何か言いかけた唇を言葉ごと塞ぐ。
体格差があるから辛そうに全身震えてるのを和らげるように、腕を回して引き寄せた。


「先輩、やっぱり軽すぎです」

『鳳くんが力持ちなんです。…うわっ』


そのまま軽い躰を持ち上げ、調理台に座らせた。学校の調理室の台ともなると結構な高さがあるから、さすがに目線が近い。


「先輩は、」


台に腰かける先輩の膝に手を置いて、自分の躰を割り込ませるように広げた。
ただでさえ氷帝の女子の制服は丈が短いのに、かなり露出面積が広くなった脚の間に俺が立つというかなり卑猥な光景になってしまったけど。


『…?』

「俺のことどう思ってるんですか」


ぱちりとひとつ瞬きをした先輩が首を傾げて笑った。


『…言わせるんですか?』

「あ、」


どこかで聞いたことのあるやり取りだと思ったら、数日前の自分達だった。ただし、あの時今の先輩の台詞を言ったのは俺のほう。


『わたし、』

「っ、待ってください!」

『ふぐっ!?』


開きかけた先輩の口を慌てて手で塞ぐ。

前回俺に待ったをかけたのは先輩だったけど、先輩の準備ができたのなら俺から言いたい。
キスまでしておいて今更だけど。


「俺は先輩のこと…放っておけなくて、捕まえておきたくて」

『う、うん…?』

「いつでもこうして、触っていたくて」

『…っ、』


膝に置いた手をするりと太腿に滑らせる。
細いのに触ると柔らかいのが不思議だなと思った。


「ずっと側にいて欲しい。先輩が好きです」

『うん』


先輩はちょっと赤くなってこくりと肯いた。


「先輩は…?」

『わたしは…鳳くんに構われたいし捕まえてほしいし触ってほしいし、ずーっと側にいてあげたいよ』

「!」

『好きだよ、鳳くん』


こうしてまた俺は深みに嵌まる。

先輩のキスとプリンに中毒性があるなんて知らなかった。…知ってたところで、末路は同じだっただろうけど。



END.

*→あとがき。
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