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□過去拍手
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「他の人間の匂いがする」
そう言われた時は思わずどきっとした。
ヴァンパイアは人間よりも嗅覚が鋭い。
もしかして感づかれたかも、と思いながらも平静を装ってそう?なんて返事をする。
「街に出ていたんだもの。当たり前じゃない」
「そうか。まぁ、何でもいい」
もしかしたら彼は気付いているのかもしれない。
人間の匂い以外にも血の匂いがするってことを。
彼は賢い。
それ故に黙っているのかもしれない。
彼が寝ている時に、そっと私が抜け出して行く目的を。
それでもいい、それでシュウを守れるならば。
この手がどんなに血にまみれようと私は―
日の光が反射し、月が見えなくなってしまうほどのある晴れた日に
女は1人、家を抜け出した。
腰には拳銃が、懐にはナイフが、それぞれ隠されていて
女は時折、確かめるようにその存在に手で触れていた。
「全く、あいつは」
先程まで人が寝ていた筈のベットは空になっている。
その代わりに、少し離れた椅子に腰かけて溜め息をついている男がいた。
「気が付いてないとでも思ってんの?」
そう呟いてテーブルに目を向けると、隅の方に置いてある1人分の食事。
それは紛れもなく、男のために用意されたものだった。
「はぁ」
男は溜息をついて上を向く。
彼女が自分のために、追手を駆除し続けているのを知っている。
ヴァンパイアハンターから遠ざけるために様々な工作をしていることも、時々返り血を浴びて帰ってくることも。
そして同時に理解している。
自分が止めても彼女は止まらないし、このままずっと気が付かないふりをすることを彼女は願っているのだと。
それでも俺は―
「ただいま」
今日も笑みを浮かべて帰ってきた女を、男は思いっきりだきしめる。
「シュウ?どうしたの?」
普段と違うその様子に、当然彼女は驚いた顔をする。
「・・・お前はどこにもいくな」
男が漏らしたその言葉に、一瞬、女は身体をこわばらせる。
今にも泣きそうなその声が重たく響いている。
「行かないよ」
女はそう言って背中に手を回す。
伝わる心音が、いつもより少し早いその鼓動が、心地よく響いている。
「私は何処にも行かないよ」
そう行った彼女の目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。