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□無神家
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液晶画面から漏れ出る光は妙に青白くて人工的だ。
部屋の明かりをつけている時には分からないが、少し暗くしただけでそれはいっきに温かみを失くしていく。
そんな青白い光を一身に受けながら、私はパソコンに向かって格闘していた。
「おい」
「何?」
後ろからの声に反応はするものの決して振り向きはしない。
要するにそれ位、切羽詰まった状況なのだ。
今ここで手を止めてしまうと終わる気がする。
いや、むしろ終わらないと言うべきか。
とにかく今日までにある程度は終わらせておかないと。
「おい、聞いてんのかよ」
「何?聞いてる、聞いてる」
つい返事が適当になってしまいがちだが今日は勘弁してほしい。
残念ながら私には今現在、彼の相手をする余裕は体力的にも精神的にも持ち合わせていないのだ。
「何でこう、面倒なことがいくつも重なるかな」
そう言って隣に置いてあるカップに手を伸ばす。
つい口から吐き出してしまった弱音も、ミスタッチが増えてきたことで分かる私の限界も、全て飲み込むまでだ。
もう少し、あともう少しだけ…
「おい、名無し!」
突然頭の中に入り込んできたその怒鳴り声で、思わずコーヒーを噴き出しそうになった。
危ない危ない。
今この状態で、パソコンが壊れるという事態は勘弁してほしい。
「何?」
遂に堪忍袋の緒が切れたであろうユーマくんの方に体を向けると、案の定不機嫌そうにこちらを睨む目と合った。
いやいや、ホントにそれ怖いから。
「オマエ、何回呼んだと思って」
「ごめん!ちゃんと聞こえてるんだけど、本当に今は時間がなくて。今度お詫びに何か買ってくるから」
そう言って、再び体をパソコンの方に向けようとしたものの、見事に阻まれ失敗に終わった。
「えーと、人の話聞いてた?」
「うるせぇ。オマエこそ人の話遮りやがって」
そんな流れで腕を引かれ、私が落ち着いたのは大きな体の膝の上だった。
普段ならときめいてしまうと思うのだが、生憎今の私にはそんな余裕はない。
「ねぇ、今はホントに」
「あぁ?うるせぇ黙ってろ」
そう言うが早いが、文字通り噛み付くようなキスが降ってきた。
「ちょっと」
抵抗する間もなく、何度も何度も息苦しくなる位重ねてくる。
何だか悔しいのでそっと目を開けてみると、長いまつげが微かに震えている様子が見て取れた。
綺麗だった。
美しかった。
あーあ、今ので頭の中のこと全部吹っ飛んだわ。
「何だよ」
ようやく離してもらえたかと思うと、今度は頬を挟まれた。
ちょっとだけ痛い。
「いや、それはこっちの台詞だって」
頬を手で挟まれているため、きっと私の顔はたいへん間抜けなように見えるだろうけども、構わず私は抵抗した。
今日という今日は引くわけにはいかない。
「おい、名無し」
「何でしょうか」
何とかこの事態を収束させて、私は再びパソコンへ向かうのだ。
何としても終わらせてからでないと、安心して眠ることができない!
そう意気込んで挑んだ矢先に、私は完全に出鼻をくじかれてしまった。
「オマエ最近飯食ってねぇだろ」
「え…?」
突然訪れたまさかの展開。
狼狽するしかない。
「えーと、まさか気付いていらっしゃたとは」
「当たり前だろうが。ったく、こうでもしねぇとそこから離れねぇんだもんよ」
「あ、でも今日は仕方ないというか」
私の言葉など遮られ、ひょいと肩に担がれる。
「おい、騒ぐんじゃねぇぞ」
何というか、もう為されるがまま。
そうして連れて行かれた先はキッチンだった。
「ほら、食え」
「え」
そこに並べられていたのは一人分の食事。
不格好に切り分けられた野菜がごろごろと入っているのが見える。
「ほら、早く食えって言ってんだろ」
「分かった、分かった!今食べるから」
お皿の隣に並べてあったフォークを手に取り、料理へと手を伸ばす。
そうして隣から痛いほどの視線を感じながら、私は口を動かした。
「美味しい」
「だろ?」
まだ少し固かったり、大きくカットし過ぎていたりと食べづらい点はあったのだが、それは確かに美味しかった。
「オマエ、昨日も遅くまで起きてただろ」
「うん、そうだね」
「そうだね、じゃねぇよ。ちっとは自分の体に気をつけろ」
手間かけさせやがって、と言いながら、がしがしと頭を撫でるその手は私よりもはるかに大きくて
ちょっとだけときめいたのは言うまでもない。
あにはからんや
ユーマくんのつくったシチューが食べたいです