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□seasons
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ロビーの飾り付け、庭の手入れ、上質なワインの準備・・・


とにかくその日はやるべき事が積まれており、私は休む暇もなく走り回っていた。


多くの魔族を従えている逆巻家当主の誕生パーティーなのだから、そこで失敗するわけにはいかない。


それだから忙しさのあまり、当人を放ったままにしていたのも事実であるのだが・・・


「アヤト、どいて。仕事できない」


「はぁ?んなもん、適当にやらせとけばいいだろうが」


完全に拗ねた様子で私の膝の上に頭を乗せている。


そんな様子が可愛らしくて思わず笑ってしまいそうになったり。


当然本人は怒るから、そんなことはできないのだけど。


「だいたい、俺の誕生日とかあいつら覚えてんのか?」


「あぁ、それなら大丈夫。ちゃんと招待状送っておいたから」


ふーん、と興味なさそうに自分の髪をいじくるアヤト。


そんな彼は、今日も私が言うまで自分の誕生日であることを忘れていた。


パーティーのことを伝えても『そんな話してたか?』などと言うばかり。


「とにかく、あと少しで準備が終わるから、ちょっとだけ待っててくれない?」


その緑色の瞳を覗き込みながらそう尋ねる。


一瞬こちらにちらりと視線を投げかけたが、すぐにまた天井へと目線を戻してしまった。


「いいぜ」


「・・・良かった。それなら」


「なんて言う訳ねぇだろ」


そう言い終える前に、彼の頭は膝を離れて後ろから抱きしめられていた。


というよりも捕縛されたという表現の方が正しいかもしれない。


「アヤト」


「うるせぇ。腹が減ったんだよ」


そっと牙を押し当て首筋から吸血される。


以前は痛みを伴ったその行為も、今はもう痛いなんて事はない筈だった。


それなのに―


「痛っ」


「くくっ。痛ぇか?そりゃ痛くしてんだから当たり前だろ」


ここしばらくは味わっていなかった涙が出そうになるほどの痛み。


しかしそれに反して、後ろから回されている腕が私の肌を這う度に充実感に満たされていく。


「名無し」


「・・・何?」


吐息が耳にかかるほど近くで囁かれる。


一旦首元を離れたその口は、赤い血がこびりついていた。


「オマエはそのパーティーとやらに出させねぇ」


「え?」


「当たり前だろ?あんな奴らの前に名無しを晒せるかっての」


ぎゅっ、と腕の力が強くなる。


突然のその言葉に、何て返したらいいのか分からない。


「何だよ?」


私があまりに凝視していたのが可笑しかったのか、訝しげにこちらを見つめてきたアヤト。


「何でもない」


それ以上何も言えずに、再び首元に顔をうずめて吸血を続けるアヤトの腕をそっと掴む。


来年もこうしていられるといいな、なんて遠い未来を想像していた。







HappyBirthday
3/22 アヤトの場合
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