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□seasons
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「カナト、誕生日おめでとう」
そう言ってカナトの大好きな甘いお菓子と真っ赤な薔薇の花束を差し出すと、彼は嬉しそうに笑ってくれた。
「わぁ、良い匂いだね」
「そうでしょ?カナトが喜んでくれるかなって思って頑張って選んだの。
それにこの薔薇、本当に綺麗だと思ったから」
「そう。名無しは優しいね」
その2つを手に取って横に並べる。
早速、包みを開けて取り出したのはカラフルな色をした一口サイズのメレンゲ。
それを一つ指でつまむと、カナトはこちらに差し出してきた。
「ほら、名無し口開けて?」
「え?で、でもそれはカナトに食べてもらおうと思って」
「いいから、ほら早く」
促されるままに口を開ければ、予想していたものよりも数倍強い甘味が口の中に広がった。
「美味しい?」
「うん、美味しいよ。カナトも食べて?」
包みの中から白い塊を取りだして差し出す。
すると私が腕を動かすより先に、カナトが私の手を取って口に入れてしまった。
「ごちそうさま」
「美味しかった?」
どうしたのだろうと思いながらも深く詮索はせずに感想を求める。
「うん。美味しかったよ」
それっきり黙ってしまったカナト。
実は口に合わなかったんじゃないかとか、メレンゲが好きじゃなかったのかもしれないだとか
カナトを喜ばそうとしたのが裏目に出てしまったのではないかと困り果てていると、しばらくして彼は再び口を開いた。
「ねぇ、名無し」
「なぁに?」
「この薔薇、千切ってしまってもいい?」
「え?」
不安そうに揺れ動くその瞳は、まっすぐにこちらを見つめていた。
今言ったことが冗談ではないこと位、私にだって分かる。
「どうして?」
「だって、名無しが綺麗だと思ったからこうして花束にしてくれたんでしょう?」
「うん、そうだよ。カナトが喜ぶかなと思って・・・」
「名無し」
いつもの甘い声じゃない、1トーン下がったその声に一瞬背筋が凍りつく。
ビリッ。
花束を囲んでいたリボンがほどかれて、バラバラと花が床に落ちる。
その花弁を丁寧に1枚1枚切り離すと、カナトは手の中でぐしゃっと丸めてしまった。
「どうして分からないのかなぁ?僕は君が綺麗と思う物の全てが憎くて堪らないんだよ」
「ごめんなさい、私」
「いいから、こっち来て」
私にそう促したカナトの足下にはバラバラになった薔薇の花々。
その棘を踏んでしまわないように、そっと彼の元へと寄る。
「僕には君しかいらない。君もそうでしょ?君には僕しかいらないんだよね?」
「もちろん、そうだよ」
良かった、とカナトがにっこり笑う。
足下には踏みつぶされた花弁が床を汚しているが、気にも留めない。
彼の幸せが私の幸せだから。
「HappyBirthday」
カナトの目に映る自分を見つめながら、そう言って彼に口付けた。
Happy Birthday
3/21 カナトの場合