book

□seasons
5ページ/12ページ


「チョコートが本来どのような食べ物であったかご存知ですか?」


「え?」


今日はバレンタイン。


レイジさんの口に合うものを、そう思って奮発した少し値段の張るチョコレートを渡しにきたつもりが・・・


いつの間にかそれは無造作にテーブルに置かれていて、彼は淡々と話し続けている。


「元々はアメリカの先住民が口にしていたそうでしてね。それを目ざとく見つけたヨーロッパの先人達が、甘い飲み物として用いていたのですよ」


その話なら聞いたことがある。


何でも昔のヨーロッパの貴族たちはチョコレートを飲む習慣があったとか何とか。


でも・・・


レイジさんは一体何を言いたいんだろう?


「つまり―」


顎を持ち上げられて少しだけ、上を向かされる。


眼鏡の奥に妖しく光る瞳と視線がぶつかった。


「あなたごときがこんな安っぽいチョコレートで私を喜ばそうなんて、思い上がりも甚だしいのですよ」


そう言うと彼は至極愉快そうに笑った。


無造作に置かれたチョコレートは封も切られていない。


確かにレイジさんの高級志向には敵わないけど・・・


それでも一応、ちゃんと選んで買って来たのに。


「どうしたのですか?そんな顔をして。もしかして私があなたからの贈り物で喜ぶとでも?」


「そんな、私は・・・」


ただ喜んで欲しかっただけなのに。


私は何も言い返すことができず、ただ俯くだけ。


ガタン。


しばしの沈黙の後、急に席を立ったレイジさん。


そのまま部屋を出てどこかへ行ってしまった。







勝手に部屋に戻ることもできず数分後。


しばらくして戻ってきた彼の手の中には、少し大きめのカップが2つ用意されていた。


「全く貴方は本当にどうしようもない方ですね。私が教えて差し上げますよ」


そう言ってコポコポと注がれているのは、茶色い液体だった。


「レイジさん、これは・・・?」


まさかと思うが、これがチョコレートなのだろうか?


いや、でも流石にこの屋敷にそんなものがある筈―


「お飲みなさい」


私の問いかけには一切動じず、ぐいっとカップをこちらに差し出す。


「名無しさん?聞いているのですか?」


「は、はい」


慌ててカップをつかみ、中の液体を口にした。


ごくり。


それは思ったよりもサラサラしていて、少し苦かった。


「どうですか?美味しいでしょう?」


「・・・美味しいです」


美味しい。


確かに美味しいんだけど・・・


これじゃバレンタインの意味がないじゃない。


私が浮かない顔をしていると、大きく溜息をついたレイジさんが私に箱を差し出した。


「包みをほどきなさい」


「え?」


「早く。この私を待たせるつもりですか?」


すみません、と言いながら慌ててリボンをほどき箱を開ける。


綺麗に並ぶチョコレートを1つ手に取り口へ運ぶ。


「…雑味が多いですね。それでもまぁ、貴方にして頑張った方なのでは?」


そう言って2つ目のチョコレートに手を伸ばす指を追いながら、少しだけ安心したのだった。







bitter sweet
何だかんだ言って食べてくれるレイジさんの優しさ
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ