book

□過去拍手
8ページ/14ページ


「あら?またお出でなさったのですか?」


ここは村のはずれにある小さな教会。


ミサが行われる日でもない限り、滅多に人が訪れる場所でもない。


そんな辺鄙な場所に、ここ最近毎日のように現れるお客様。


それは上品な身なりをした小さな男の子だった。


どうやらご両親の目を掻い潜ってこっそり遊びに出ているらしい。


あそこに居てもつまらない、とよく愚痴をこぼしに来るのだ。


「うん!これから友達と一緒に遊ぶんだ!」


男の子はキラキラした笑顔を振りまきながらそう答えた。


私はその笑顔に微笑みかけ、小さな包みを取りだした。


「お友達は甘いものはお好きですか?」


「甘いもの?」


その袋の中身は小さなマドレーヌだった。


こんがりと焼き目が付いて、甘い匂いを漂わせている。


「うわぁ、美味しそう!」


「どうぞ。お友達と一緒にお食べになって下さい」


私がそう言って包みを差し出すと、一瞬躊躇った後に少年はそれを手に取った。


「ありがとう、シスター。エドガーもきっと喜ぶよ!」


「そうですか。是非、感想を聞かせて欲しいですね」


「うん、分かった。じゃぁ、また来るからね!」


そういって教会を飛び出していった彼を、私は小さな弟を見守るような気持ちで送り出していた。







あれから数年。


それ以来、彼の姿は見ていない。


あの頃は村全体が無くなってしまうほどの大火事があった。


あの無垢な少年も巻き込まれてしまったのだろうか―


そう思うと胸が詰まる思いだ。


ギィィ。


突然、扉の開く音がして慌ててそちらを振り返る。


今日は誰も来ない筈なのに一体どうしたのかしら。


「シスター」


誰かしら?


そう呼ばれても聞き覚えのない声なので返答に困ってしまう。


「あなたは・・・?」


夕日が反射してはっきりとは分からないが、どこか懐かしい面影の残るその姿に少年が重なる。


いや、だけど、そんな筈は―


「また来るって言っただろ?」


教会にあるもの全てが物珍しく、あらゆるものに興味を示していた無垢な少年。


その純真な瞳に、私は癒されていたのだろう。


真っ直ぐにこちらを見つめる青い瞳は、それが彼であることを物語っていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ