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□過去拍手
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「貴方、あのお城に住んでいるの?」


まるで御伽噺に出てくるような大きなお城。


私の部屋からでも見えるその城は、いつしか憧れとなっていった。


「あ?誰だよ、お前」


病弱であるという理由から、なかなか家から出してもらえない私は


いつも部屋の窓から見えるその城の住人たちに興味を持った。


そうして家に誰もいないことを良いことに、こっそりと抜け出してきてしまったのだが。


「私?私はあそこに住んでいるの」


そう言って木々の間から見える三角の屋根を指し示す。


森の中からも見える、灰色の建物。


それを見て、目の前の少年は何だか面白そうにくくっと笑った。


「へぇ。お前があそこに住んでるお姫様かよ」


「お姫様なんかじゃないわ」


彼の言葉に私は反論した。


私はお姫様じゃないし、あの家もお城なんかじゃない。


あそこはただの大きいだけの家だ。


皆優しくしてくれるし、いつも私に色々なものを持ってきてくれる。


それでもちっとも楽しくないのだ。


「貴方のお家の方が、よっぽど楽しそう」


「それなら―」


彼の言葉に私は大きく頷いた。


ずっと憧れてた、未知の世界へ行けるのだとただただ信じていた。


きっと退屈で仕方ないこんな毎日よりも、ずっと楽しいことが待ってるんだって。







「おい、起きろよ」


「・・・ん?」


焦点が合わない目をこすりながら体を起こすと、こちらを伺っているアヤトと目が合った。


もう、起きる時間だったのか。


先程見ていた夢の続きが頭から離れない。


「・・・もう朝?」


「は?寝ぼけてんじゃねぇよ。朝じゃなくて夜だろうが」


ああ、そうだった。


もうここは昔の家じゃないんだった。


彼と出会った幼い頃の記憶は、今もまだ鮮明に残っている。


勿論、それより前の記憶も。


あれから何度、ここで眠りにつき目を覚ましただろうか。


温室育ちだったあの頃とは比べ物にならないほど刺激的な世界を目にした私は、既に人間ではなくなってしまっていた。


それに関しては後悔も反省もない。


「アヤトと会った頃の夢を見たの」


私がそう言うと、彼は至極嬉しそうに笑った。


「そうか」


そういえば、夢の中でも笑っていた気がするなぁ。


でもね、そうやって彼が誘ってくれたから―


『俺の家に来るか?』


何も疑わなかった無垢な私は、たったその一言で大きく歯車がずれてしまったようだ。
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