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□過去拍手
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赤黒い液体が床一面に広がっている。


散々見慣れてきた光景だけれども、その中心で血を流しながら微笑んでいる彼には慣れることはなかった。


「アズサくん?」


私が呼びかけると何事も無かったかのように振り返る。


鮮やかな血は止まることなく流れ続けていて、血だまりを更に大きく成長させていた。


「ああ、やっと帰ってきてくれたんだね」


流れ出る血には構うことなくこちらに駆け寄ってきたアズサくん。


服が汚れるのも気にせず、私は彼を抱きしめる。


ごめんね、ごめんね、と何度も心の中で謝りながら。


そんな私の様子を不思議そうに、それでも温かく迎えてくれる。


「どうしたの?ルキに何か言われたの?」


「ううん、そんなんじゃないよ」


以前よりも自分を傷つけることはしなくなった。


それでもまだ、完全になくなったわけじゃない。


私が外に出ている時、一緒にいてあげられない時には、こうやってまたナイフで傷をつくってしまうのだ。


どうすれば伝わるのだろうか。


「アズサくん、私はアズサくんが好きだよ」


何度言ったか分からない言葉を、今日もまた言い聞かせる。


ちゃんと伝わるように、今日こそわかってもらえるように。


「だからね、やっぱりアズサくんが傷付くのは見たくないな」


「傷付く?」


彼はずっと痛みを与えられることが、傷をつけられることが自分の存在理由だと思い続けてきた。


違うんだよ、もっと他にあるんだよ。


毎度毎度それが伝わらなくて、不甲斐なくて仕方ない。


「アズサくんが血を流す所はもう、見たくないの」


「どうして?」


「凄く悲しいから」


本当にね、貴方が自分を傷つけなくなるんだったら私はなんだってするつもりなんだよ。


貴方が傷付くくらいだったら私が代わりになってしまいたい位なんだよ。


「ねぇ、泣かないで」


血が付いた指で、私の涙を拭ってくれる彼はこんなにも優しい人なのに。


なのに何でどうして。


「俺も悲しくなっちゃうから…だから、泣かないで」


皮肉にも、赤く染まった包帯がいくつも折り重なって置かれているその光景に私はまた泣きたくなって


そっと彼の肩に顔をうずめることにした。


もういっそこのまま二人で傷をつけ合えば、彼は幸せになれるのだろうか。


傷付いて傷付いて傷付いて傷付いて、そんな彼を解放することはできないんだろうか。


「アズサくん、大好きだよ」


そして私は今日もまた、また一歩届かない愛を吐く。
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