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□逆巻家
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フィリップ・K・ディックはこう書いていた―人間を人間たらしめるのは『共感すること』であると。


そして、捕食者にはそれが欠けているらしい。


もっとも捕食者が捕食される側の気持ちなどを考え出したとしたら、獲物を狩るなどといった行為はできなくなるかもしれない。


それほど無慈悲なのだ、狩る側という立場は。


だから期待してはいけない。


彼にとって私はあくまで捕食対象なのであって、あんな戯言を鵜呑みにしてはいけない。


『愛してるよ、名無し』


それは私がずっと欲しがっていた言葉であって、しかし今となってはもう亡霊みたいなものだった。







「ほら、じっとして?」


「ん」


ライトの指がゆっくりと首筋を這う間、私は考えていた。


私も愛してるわ、なんて返すべきだったのだろうか。


でもきっとこの男にとってそんな言葉は意味をなさないのであって


それでももう一度言って欲しいと思っている私はただの愚かだろうか。


「どうしたの?ぼーっとしちゃって」


不意につんつんと頬を突かれた。


「ああ、ごめん」


「名無しちゃんてば、僕が目の前にいるっていうのに何考えてたの?」


そう言って上目遣いでこちらを眺めながら、ちゅっと可愛らしい音を立てるライト。


胸の上の方に赤い痕ができる。


「もしかして他の誰かに目移りしちゃった?」


「そんなんじゃ」


ないけど―


そう弁解する機会も与えられず、唇を塞がれた。


あの日から、貴方のことを考えなかったことの方が少ない位なのにどうして貴方はそう・・・


私の葛藤など露知らず、執拗に舌を絡めてくるライト。


あまりの激しさに呼吸が荒くなる。


「もう限界かな?」


私を見降ろした満足そうなその笑みは、どこか妖艶だった。


呼吸を整える間も与えずに、片手で頭を固定しながら指を突っ込んでくる。


「ほら、僕の指ちゃんと舐めて」


抗おうと思えば抗えたはずだ。


それでも私が抵抗しなかったのは、やっぱりどこかで期待しているからなのだ。


きっとハッピーエンドを迎えられるんじゃないのかって。


もう一度、あの時みたいに『愛してる』て言ってもらえるんじゃないかって。


「ねぇ、名無しちゃん。そのまま聞いて?」


私には喋る機会も奪ったまま一方的に言葉を紡ぐライト。


その間も指の動きは止まらない。


「もし君が他の誰かに奪われちゃったとしても、僕はちゃんと君を愛してあげられるよ?」


え?


それはどういう・・・


「ていうか僕としては、むしろそっちの方が燃えるのかもしれない」


この人は何を言って・・・


「だって君は僕以外にこういうことされると酷く嫌がるでしょ?


逆を言えば、僕が何をしても君は嫌がらなくなってしまったからね」


それじゃつまらないでしょ。


そう言ってにっこり笑いかけるその笑顔は、とても綺麗だった。


でも違う。


私が欲しかったのはそうじゃなくて―


「愛してるよ、名無し」


唾液にまみれた指を引きぬいて、自らの口元に運びながら彼はそう囁いた。







≠empathy
何だか続編みたいになってしまいました
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