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□逆巻家
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「名無しちゃん、起きて」
ゆらゆらと体に伝わる振動が人為的なものだと気付いたのは、その声が聞こえてからだった。
肌に伝わるシーツの感触を確かめながら、薄っすらと目を開く。
「・・・?」
「全く名無しちゃんはお寝坊さんなんだから。仕方ないなぁ」
ふわっと起きあがる自分の身体。
その動きについていけないまま、私はぼんやりと天井を見つめていた。
部屋が蒸し暑く、もの凄くだるい。
ああ、そういえばもう初夏なんだっけと、無理やり頭を働かせる。
すると突然世界が反転した。
天井は視界から隅に追いやられてしまい、目の前には柔らかいシーツと、その向こうには見慣れた自室の部屋の壁。
そして何の予告もなしに太ももを這う指の感触。
そこで一気に眠気が覚めて、私は体をくねらせた。
「ちょっと!」
体をよじらせて見てみると、案の定そこには楽しそうに笑っているライトの姿があった。
「おはよう、名無しちゃん。なかなか起きないからどうしようかと思ったよ」
「・・・はぁ」
私は寝起きが機嫌悪いことを知っていて、敢えてこういう事をしてくるライト。
意地が悪い、というか心底楽しんでいるのだろう。
「今何時?」
「さぁ。分かんない」
いつもそうだ。
気まぐれなライトは、いつも適当な時間に私を現実へと連れ戻しに来る。
受け入れがたい現実と認めたくない事実。
「良い匂い」
後ろから覆いかぶさり首筋に顔をうずめるライト。
あぁ今日は首から吸血されるんだろうな、なんてことを考えながら私はなされるがままにしていた。
ふーっ。
首筋に息が吹きかかり、ちょっとくすぐったい。
「今日は満月なんだよ。知ってた?」
ペロリと舌を這わせながら左耳にそっと囁く。
「そう。それは知らなかった」
もう何度この言葉を聴いたことだろう。
私が彼に身も心も捧げたあの晩から、何度も聞いた筈なのに何も変わっちゃいない。
私の心もあの頃から何も変わっちゃいない。
それでも彼は―
「ほら、脚開いて?」
「え?」
「血をもらうのは後でいいや。まずは君を可愛がってあげる」
そう言うな否や、ライトの細長い指が私の一番敏感な部分へと沈みこんだ。
折り曲げて、その感触を確かめるように抜き差しを繰り返されれば、途端に卑猥な音が聞こえてくる。
ぴちゃぴちゃと自分でも耳を塞ぎたくなるほどの音を響かせ、それでも抗おうとしない私は馬鹿なのだろうか。
彼の思惑など一切排除して、ただその行為だけを愛情と感じるのは愚かだろうか。
「ふふっ。気持ちよくなってきた?
いいよ、名無しちゃん。君がそうやって昇りつめていく顔、すごくそそられる」
その愛撫は私の感情を覆いつくすように理性を崩壊させていく。
「あっ、ん…」
思わず声が漏れた。
それを聞き、嬉しそうにより一層激しく秘部をいじくりまわすライト。
私のための行為だと思うだけで、それだけで愛おしい。
「もっと見せてよ。もっと可笑しくなった君を、僕に見せて?」
骨ばった指がもう一本増やされたその瞬間、ぐじゅりという淫猥な音を立てて私は崩れ落ちた。
頭の中が真っ白になって何も考えられない。
体がだるく、指一本も動かせない。
「もういっちゃったの?ホント、はしたない子だなぁ」
そう言いながら楽しそうに指を抜き、自分の口元へと持っていく。
「甘いなぁ。名無しちゃんの血も美味しいけど、こっちの味も外せないよね」
やっぱり私はただの『餌』でしかないのだろうか。
この行為も、彼にとってはただ玩具で遊んでいるだけじゃないのだろうか。
ライトの言葉を受け流しながら、あの日から変わらない想いで占められた私は、ただぼんやりと壁を見つめる。
『ねぇ、愛してる?』
いつも聞きたいと思っているその言葉を、私は今日も口にすることはできなかった。
ねぇ、愛してる?
きっとライトは分かっててやってるんでしょうね