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□逆巻家
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何者かの襲撃を受けたその家は、乾き切っていない血の匂いで満たされていた。
私にはもう光を見ることはできないから分からないのだけど、きっと見るも無残な様子になってしまっているのだろう。
あの薔薇園も荒されてしまったのかしら。
こんな状況下でそんな事を考えているなんて、不謹慎だろうか。
「名無し!」
少し慌てた様子のあの人の声が、私の名前を呼んでいた。
本当は彼の方を向いて受け止めたいのだけど、体の自由が利かない私にはそれは叶わない。
「シュウ?私ならここにいるわ」
あくまで平静を装って答えるのは、ここで私が取り乱すのは良くないと分かっているから。
見えずとも、自分の脇腹に走るこの鈍い痛みが致命傷になったことなどとっくに分かっている。
悔しいな。
せっかく幸せになれたと思ったのに、もうお別れだなんて。
「・・・お前、その傷!」
駆け寄ってきたその人は、大きく傷つけられてしまった私の肉体に手を当てていた。
ああ、やっぱりばれてしまったか。
最期にこの人の泣いた声なんて聞きたくなかったのに。
「少し待ってろ。すぐに治して…」
そう言いながら私に血を飲ませようとするシュウの手は震えている。
きっと彼も分かっているのだ、もう助かる見込みがない事を。
伝えなければ。
私は最期の力を振り絞って手を伸ばすと、彼の冷たい頬に触れた。
「もう、いいの」
「いいわけないだろう!お前はずっと俺の傍に」
「私は幸せだったから」
私を幸せにしてくれてありがとう。
一緒にいてくれてありがとう。
シュウには、口では伝えきれないほどの感謝の気持ちでいっぱいだ。
ちゃんと伝わったかな、これで大丈夫かな。
もはや光など認識できない2つの目を閉じようとしたその時、グサリといった肉を貫く音が耳に入ってきた。
「・・・シュウ?」
ドサリ、と覆いかぶさってきた彼の体は、心なしかいつもより温かいようだった。
私の手に、脚に、彼の血が垂れていくのが分かる。
「ねぇ、何して」
「言っただろ?お前はずっと俺の傍にいろって」
意識が薄れていく中で、彼の鼓動がだんだんと遅くなっていくのを私は感じていた。
私と一緒だ。
「もし、生まれ変わったら」
「ああ」
「その時も、一緒がいいね」
「そう、だな」
ゲホゲホッと嫌な音を立ててシュウの体が崩れ落ちていく。
支えきれなくなった私の体も一緒に。
ああ、やっぱり私は幸せ者だ。
最期まで大切な人と一緒にいられるなんて。
己という存在が消えていく中で、最期に感じていたのは、2つの心音が溶け合った音だった。
ある終末の風景
きれいな心中ネタが大好きです