book

□逆巻家
30ページ/34ページ


「僕に刺されるのと僕を刺すのと、どっちがいい?」


突然そう言って私にナイフを差し出してきたライト。


物騒な事を言いつつも、その口元には笑みが浮かんでいる。


「何言ってんの?」


私がナイフの柄を払いのけると、それでも楽しそうに再度ナイフを押しつけてきた。


「何がしたいの?」


これは絶対に何か企んでるに違いない。


その不穏な笑みの裏側には嫌な予感しかしない。


「別に?僕はただ、たまにはこういうのも悪くないかなーて思っただけだよ?」


やはりこいつはずれている。


普通の人であればナイフで刺されるのも悪くないなんて考える筈がない。


最も、目の前にいるこの男はそもそも人ではないのだから


人間の価値観で推しはかろうとするのは無理かもしれないのだが。


「名無しちゃんてホントに僕を焦らすのが好きだよね」


「別に焦らしてるとか、そういう」


「ふふっ。いいよ?僕は紳士だから、今日は君に付き合ってあげる」


今日のライトはいつにもまして不可解だ。


普段なら私がナイフを払いのけた時点で、有無を言わさず私を刺したことだろう。


『僕に刺されたいってことなんでしょ?』とか言って。


「ねぇ、名無しちゃん」


私が思考の波に埋もれていると、待ちきれなくなったのかライトが口を出してきた。


「たまには僕の血を飲んでみたいとは思わない?」


「え?」


それは一体どういう意図で…?


しかし私が何かを問いかけるよりも先に、彼は自分の腕にナイフを押し当てた。


「ちょっと!何を」


赤黒い血が腕から滴り落ちる。


白い肌をすーっと滑り落ちるその液体は、指を伝って床に小さな赤い水溜りをつくっている。


全くどうしてライトはいつもこう、無茶ばかりするのだろう。


早く、止血しないと。


頭では分かっているのに、私はその場を動けなかった。


―不覚にも美しいと思ってしまったから。


「もしかして、僕に見とれちゃった?」


「違う」


咄嗟に否定したのは別に嘘だった訳じゃない。


ただ私はライトに見惚れていたのではなくて、滴り落ちるその赤に見惚れていたのだ。


「さぁ、僕の血を飲んでよ」


「・・・だめ」


「だめじゃないでしょ?…ほら早く飲めよ」


先程とは打って変わって強い口調でその行為を強要する彼に、私は逆らえなかった。


ごくり。


口の中いっぱいに苦い鉄の味が広がる。


「ほら、分かる?君の体の中が今どうなってるのか」


私に血を飲ませて嬉しそうに顔をゆがめるライト。


「どうって?」


「僕の血が君の血と混ざり合って、君と一つになるんだよ?


だから僕は、名無しちゃんを傷つけるたびに、間接的ではあるけれど自分を傷つけることになるんだね」


「それが嬉しいの?」


「嬉しい?そうだなー。嬉しい事はむしろ、君が僕の血を受け入れてくれたこと自体なのかもね」


どうしてここで嬉しそうにしているのか、私には分からない。


ライトがどうして私に自分の血を飲ませたがっているのかも分からない。


数ヵ月後、彼らの同族となり果てる運命だった私には


その時何が起こっているかなんて、知る由もなかった。







in vitro
ヒロイン覚醒促進展開
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ