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□逆巻家
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「私はね、幸せにはなれないと思っていたの」


ポタポタと赤い雫が滴り落ちる。


女はそれを気にすることもなく、淡々と言葉を紡いでいた。


「誰も私のことなんて見てないんじゃないかって、誰も私を必要としてないんじゃないかって、そう思ってたから」


そこまで言うと、女は首に充てていたナイフを足下へ下げた。


カラン。


「だから私、今とっても幸せよ」


女は満ち足りた顔をしながらうっとりと言葉を紡ぐ。


床に落ちたナイフは血を吸ったまま横たわっていた。


それを拾い上げる、1人の男。


「お前、おかしいんじゃないのか」


そう言いながらナイフに付いた新鮮な血を舐める。


女はその行動を楽しそうに眺めながらも反論する。


「おかしい?どうして?貴方が必要だって言ってくれたから私」


「もう分かったから喋るな。血が無駄になる」


女の首にはいくつもの傷が刻まれていて、そのうちの一つ、まだ新しいものからは真っ赤な血が流れ続けていた。


男はそっと唇を寄せると思いっきり血を吸いあげた。


女の体に流れる血を、一滴残らず飲み干そうと言わんばかりに。


「ねぇシュウ、貴方には私が必要でしょ?私の血があれば貴方は幸せなんでしょ?」


男は満足げに喉を鳴らすと、彼女の言い分などまるで聞かなかったかのように、今度は唇をむさぼった。


「んっ」


女は酸素を求めて喘ぐ。


苦しそうなその表情に、男は思わず笑みを漏らす。


それでも唇が離れると、どこか寂しそうに腕を絡めて求めていた。


「自分の血の味はどうだ?」


女の口の端から零れる赤い血を指でぬぐいながら、男はそう問いかけた。


「鉄の味がする」


「そりゃ当たり前だろ」


女は不服そうに男を見つめる。


「私の血はシュウだけのものでしょ?だったら私が口にする必要なんてないじゃない」


そう言って女は首に手を当てて、掌で傷口を覆い隠した。


「この傷だって、シュウのためのもの。全部、全部、シュウがもらってくれればそれでいいの」


男は不思議そうに女を見つめる。


その瞳は、自分を映していながらも何か別のものを求めているような気がして


それでも自分に固執する理由は何なのだろうと、男は首をかしげた。


「名無し」


「なぁに?」


男が名前を呼ぶと心底うれしそうな顔をするその女の手には、乾いて黒くなった血がこびりついていた。


「どうしてお前は俺にこだわる?」


その問いかけに、一瞬目を丸くするも、女はすぐに笑みを浮かべる。


「忘れちゃったの?シュウが初めてだったんだよ、私の価値を見出してくれたのは」


だから、これからもずっと私はシュウのものだからね。そうすれば私は幸せでいられるんだから。


脅しとも聞こえるような女の囁きに、男はそうか、と呟いて彼女をぐっと抱き寄せた。







幸福論
病んでるヒロインとシュウ様の包容力
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