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□逆巻家
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向こうとこちらじゃ時間の流れが異なるらしい。
そんな話を聞いたのはいつだったか。
それだからしばらく会えない時間が続いても仕方ないと思うようになったし、彼の行動も少しは許せるようになっていた。
「名無しちゃん、久しぶりー。僕がいなくて寂しくなかった?」
「別に」
久々の再会に、思わず口元が緩みそうになるがそうもいかない。
相も変わらず他の女の匂いをプンプンさせてやってくる奴に、愛想を振りまいていられるものか。
「嘘。僕がいなくてホントは寂しかったんでしょ?」
「・・・あんたね、一体どの口がそう言う」
「ねぇ」
頭の後ろの方から声がすると思ったら、私は見事その男に捕まっていた。
後ろから、ぎゅって音がするんじゃないかって位抱き締められる。
「素直じゃない君も可愛いけど、今は素直になるべきじゃない?」
なんて自分勝手な奴。
私だって馬鹿じゃない。
だからこそ、この男に染みついた血の匂いとか香水の香りとか色々なものを嗅ぎ分けられれしまう。
そんな男に寂しかったなんて、言えるわけもないのに。
「ほら、早く」
催促するように男の手が私の顎を撫でる。
まるで死人のような、冷たい感触が伝わってくる。
「・・・僕は寂しかったよ。随分長い間、君に触れられなかったからね」
そしてこいつは、私の欲しがる言葉を知りすぎている。
「名無しちゃんは?」
再び、催促するかのように冷たくなった手が頬を這う。
私は観念して、彼の欲しがっている言葉を吐きだした。
「・・・寂しかったよ」
そう呟けば、僕たちは似た者同士だね、なんて楽しそうに笑うライト。
抱きついたままの腕は離してくれない。
「そういえばさ」
「何よ?」
「君から他の悪魔の匂いがするんだけど。何やってたの?」
急にワントーン下がる突き刺さるような声。
自分のことを棚に上げて何言ってんだか。
「ああ、それはヴェルフェゴールと」
弁解する暇も与えず、突然、首元にちくりと痛みが走った。
そこから魔力が零れおちていくのが分かる。
「へぇ、君はそうやって僕がいない所で他の男と」
「ちょっと離して!別に私はあの人と」
「どうせそういうことをするのなら、ちゃんと僕の目の前でやってもらわないと。ね?」
もはや何に対して怒っているのか分からなくなってきたのだけど、取りあえず自分の力が抜けていくのは感じられる。
このままじゃまずい。
「ねぇ、ライト。お願い離して」
ちゅーっと吸血し続けるその男の耳には届いているのかいないのか、止める気配は微塵もない。
「ライト、お願い・・・」
目の前が霞み、意識が朦朧としてくる。
もう駄目かもしれない、そう思った時、不意に痛みが止んだ。
「ふふっ。君が僕にお願いするなんて、珍しいこともあるんだね」
「それは・・」
「いいよ。名無しちゃんがそこまで言うのなら止めてあげる。その代わり」
僕のお願い、聞いてくれるよね?
その低い声音が耳を震わすたび、おかしくなりそうになるのはもう末期なのだろうか。
中毒患者
囚われているのは私か貴方か