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□逆巻家
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私はこのお城の外へ出たことがない。


外の空気を吸うことはあっても、それは領地の中の薔薇園だけ。


それが私の世界の全てで、それより外に何があるのか私には知る由もなかった。


でもそれでいい。


私には他のことなんて知る必要がないもの。


「名無し、こんな所にいたの」


「カナト!」


振り返るとにっこり笑っているカナトがいた。


カナトはこの大きなお城の主で、私をここに連れてきてくれた大切な人。


私がいれば何もいらないって言ってくれたんだから


私を愛してくれて、私のためにこんな立派なお城まで用意してくれたのだから


このお城から出られなくても文句は言ってられない。


むしろずっとこんな素敵な所にいられるなんて、私は幸せ者だと思う。


「何してたの?ずっと探してたんだよ?」


「あのね、これ」


私は手に持った薔薇の花を差し出した。


茎の部分を折ったそれには、棘が付いていて慎重に持たなければならない。


「これ、お部屋に飾ろうと思って。綺麗でしょ?こんなに真っ赤なのは初めて見つけたの」


「そうだね。じゃあ僕が花瓶を用意するよう言っておくよ」


ふと薔薇の花を眺めていると、遠い空にうつるのは赤く輝く満月だった。


「あ、カナト!見て!」


私が月を指さすとカナトは嬉しそうに笑った。


「そういえば、前にもこんなことがあったね。君と赤い月を見ながら・・・」


「え?前って?」


それはいつのことだろうかと思考を巡らしていると、カナトは小さな声で呟いた。


「君とここに来る前の話だよ」


私がここに来る前?


私はここに来る前、何処にいたんだっけ?


何だか賑やかな所にいた気がするんだけど・・・どうにも思い出せそうにない。


私はずっと、ここにいた気がする。


もうずっと前から、ここに二人っきりで。


「ねぇカナト、お城に戻らない?お花が萎れちゃう」


遠い月を眺めているカナトにそう催促すると、そうだねって微笑んでくれた。


「もう、戻ろうか」


二人で連れ立って薔薇園の中を通り、城内へと向かう。


「名無し」


「なあに?」


途中、少し立ち止まって薔薇の香りを堪能しながら彼は言った。


「これからも、ずっーっと一緒だよ?」


ああ、やっぱり私は幸せ者だ。


そんな幸福に包まれながら、二人で大きな門をくぐった。







怖くないよ、君がいるから
カナト√のエンドが大好きです
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