「…ん……」





其は外が早朝を彩る色がまだ籠っていないAM6:00。
自室のベットで眠ってる最中に起きた出来事だった。
己しか眠っていない其の空間で、もそもそと何かが蠢く感覚を感じる。
はじめはそんなもの寝惚けているから気のせいだなんて思っていたが
明らかに今、抱き付かれている。
所謂抱き枕のように。だ。
誰かしらの吐息も掛かって、髪の毛が八田の鼻を擽って、
さすがに可笑しいと思ったとき、意識を覚醒させた。
ゆっくり重たい瞼を開く。
寝起きのせいでまだ視界こそぼやけているが端に艶のある黒髪を捉えたのは決定的事項だった。


「猿…?」



思い当たる節を唱えて彼、伏見猿比古の名を問い掛けるように尋ねたら
目の前の黒がもそりと動いた。


「ん……、…みさ、き?…、」


寝起きだからなのか、物凄く滑舌が悪かったが己の名を呼んだと言うことだけは把握できた、
八田のベットに潜り込んだのは疲れているのか等わかりかねるが
今更下の名前で呼ぶな等咎める気は更々ない。
にしてもどうやって部屋に入室したのかが一番気になる点だ、
窓も割れていない。
合鍵も渡していない、
一緒に部屋に入った訳じゃない。
そう考えると背筋が凍るように寒気がした。


「猿、お前どうやって此処入った」


「…ピッキング」


やけに目を逸らしている、
いやピッキングが許せるわけではないが絶対になにか隠しているような気がする、
いや絶対隠しているだろう違いない。
青服を着た儘八田にへばりつくように抱き付く伏見は何ひとつ顔を上げるような気はないように見える。
取り敢えず明日鍵変えようと思った。



「つか離せ猿、俺ァさっさとbarいって尊さんに挨拶しにいくんだよ!!!」



「尊さん尊さん尊さん尊さん尊さん尊さん煩い、耳障りだまじ黙れ」



「煩ェ!お前はさっさと退けよ!!」




ベットの隣のスタンドの付近に置いてある端末で現在の時刻を確かめたら
疾うに午前10時は過ぎ去っており最早11時を回りかけていたものだから飛び起きようとしたが其を伏見に制される。
拒もうと転がってやろうと考えたが心を読みとったように八田の太股と太股の間に足を割り込ませ両手首を頑丈に掴んでは身動きを取ることさえ困難な形とさせられてしまったものだからどうしようもない。
やけに機嫌の悪そうな伏見に呆れたように溜め息を漏らしては双眸を閉じる。



「…猿お前よぉ、なんかあったのかよ」



「…不足。」



「は?」



「美咲不足」




相手を百獣の王だと例えるなら、今にも襲いかかってきそうな、
そんな鋭い眼光をしていたものだから正直驚愕する。
退けよなんて柔な言葉では到底退かすことなんて出来ないだろうと思った。
すると端末がぶー、ぶーと震えだしある人の声が聞こえ出す。



『おーい、八田ちゃーん』



「草薙さん?!」



声の主は身近に存在する先輩に当たる人物、
聞き覚えのある声音と京都弁から彼のことを割り出すのはそう困難なことではなかった。
伏見が眼前で罰の悪げな表情をする、溜め息も漏らした。



『八田ちゃん?どないしたん珍しいやん休みとか、体調崩しとるん?』



「す、すいません心配掛けて。体調は万全なんですけど猿がふ…ぶっ」



『え?伏見?どうしたん八田ちゃんー?』



猿がいる、
そう一言伝えようと試みたものだがいきなりに口を右手首を掴んでいた猿の右掌で
覆われ又もや制される、
barでグラスでも磨いているだろう草薙さんは気の抜けたようなすっとんきょうな声で八田の名を呼んでいた。
此処で、右手首を離されたことから、
ひとつの逃げ道が出来たことに気づく、
八田の解放された右手でグーの握り拳を作りては其を伏見の腹にめり込ませた。(※めり込みパンチ)
あまりに躊躇いがなく力の制御ひとつもないパンチを食らった伏見は瞳孔を開くにつれてむせかえった。
眼前で咳をする伏見に八田はべ、と舌を出しからかうように笑えばさっさと家を出て逃げた。








逃げたもん勝ちだよきっと。










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