text

□厭わない
1ページ/1ページ

塵も積もれば山となるとはまさにこのことだろう。彼の小さな小さな憎しみはどんどん積み重なっていきいつの日からかどす黒いものを孕んでいた。日に日に黒い影を濃くしていく彼をとめる術もなく俺はただそれをぼうっと見つめていた。
「だから、僕の傍にいたら駄目なんだってば」
ある日、時間が経てども経てども自分の傍から離れようとしない俺を見兼ねたのか、彼がそう言い放った。すかさずそんなこと言うな、一緒に戦った仲じゃないか、と言うと彼は小さなため息を漏らした。不思議なことにこのやりとりはそれから毎日続いた。毎日毎日彼のうごめく影を飽きもせずみつめる俺に、彼もまた飽きもせず俺に自分の傍にいては駄目だなんだと呻くように言うのだった。それは口数がすっかり少なくなってしまった彼の声が一日のうちで唯一聞ける時間だった。俺はいつの間にかその自分を咎める呻くようなその声さえも心地よく感じるようになっていたのだった。
「君は気付いてるの」
いつものように、ため息をひとつついて終わりかと思いきや、ふいにしばらくして冷たく低い声が聞こえてきた。驚いて顔をとなりへ向けると黒い涙が滲む瞳がまっすぐ俺を捉えていた。吸い込まれそうだな、なんて呑気なことを考えているうちに彼の手がいつの間にか俺の首に掛かっていることに気付いた。額には皺が波打っていて大きな瞳からは黒い涙がぽろりと、今にも溢れ落ちそうになっていた。本当は気付いてるんだろ、僕の存在がどれだけ君の身は体に影響を与えているのかを。一息にそう言った彼はゆっくりゆっくり、しかし確実に俺の首をぎりぎりと冷たい手で締め上げて、そうして言った。こんなふうにね、普段気付いてないだけでこんなふうに君は僕に少しずつ殺されているんだよ。言いながらも少しずつ力が強くなっていく。ひやりとした冷たい手がふっふっと苦しいそうに俺が息を漏らすたび一瞬びくりと手の力が弱まるものだから眩暈を覚えた。
「ああ、分かっている。そんなことは百も承知でここにいるんだ」
なんとか笑顔を作ってそう告げると一気に首に掛かる力が緩み、かわりに今度は俺の手をぎゅうと握りしめてじゃあ君はただの馬鹿だ、と言った。うつむき加減の顔から彼が涙をついにこぼしたということが見て取れた。
ぬるい温度の手の上にぽたりと水滴が落ちる。ごめん、ほんとは好きなんだよ、君が。一通り涙を流し終えたのか彼が力なく呟いた。俺もだ、と小さく告げるとだろうね、と腫れた目を細めて彼は、シュウは、笑った。二人して、闇に沈むのも悪くはないのだ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ