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□ある病室にて
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どんどんどんと激しくドアを叩く音(ノックだろうか)で目が覚めた。ぎしりと軋む硬いベットからゆっくりと身を起こす。点滴の麻酔がきつかったのか、いつのまにか眠っていたらしい。薬品の匂いが漂うこの白い部屋は既にオレンジ色に染まり夕暮れに溶け込んでいた。どうぞと声をかけた刹那古いドアがガラガラと派手な音をたて開く。その瞬間ひさしぶりだなぁと白い影が勢いよく飛びついてきた。うわっと声を上げると同時にギシギシとベットが悲鳴を上げる。白竜だ。僕の胸ににぐりぐりとふわふわした頭を押し付けてくる彼。早くおみまいにに行きたかったんだと嬉しそうに語っている。すると会う度くらうこの体当たりは嬉しさの表現だろうか。そっと息をつき頭をなでると一層強くすりよってきた。さてこの遠慮のない幼い彼はご近所さんだ。空き地でたった一人、すすけた壁に向かってひたすらボールを蹴り続ける幼い子供。ドリブルもろくできてない、ちらと覗くと転んでばかりのその姿にたまらず声をかけたのだった。それからただのちょっと親しいご近所さんの関係は始まった。でもたったそれだけ、それだけの関係であるというのにこうも見舞いに来たがるとは彼もなかなかの物好きである。顔をうずめたままの白竜が突然に顔を上げたかと思うとほら、やるとずいと黄色い花を差し出す。たんぽぽだ。ぐっとたんぽぽを握りしめている小さな白い手は少し土で汚れていて、ああ優しいんだなと思った。ありがとうとそっとたんぽぽを手に取ると少しだけ顔を赤く染めまた顔をうずめた。かわいいな。小さく笑いながらまた頭をなでていると不意に彼が思い出したように、そういえばと呟いた。なにとそっと顔を近づけるといつここを出られるんだと不安げな声音で語っているのが分かった。顔をうずめたままの彼はじっとしていて動かない。さてどう答えようかな。確か僕が最後に家に帰ったのは4ヶ月前だ。寂しいのかいとはぐらかすように聞くとやはり彼はなんだかじっとしていてふてくされたようにこたえろ、とだけ言った。だって答えられない。実は余命宣告されたんだよ僕。あと1ヶ月だろうってさ。こんな幼い子供にそれを言うことは僕にはできないのだ。それにこの子はきっとこんな冷たく難しい言葉は知らないだろう。知らなくていいことは世の中にたくさん、それこそ吐いて捨てるほどあるのだから。       「ごめんね」              背中に回っている彼の腕に力がこもる。薄い寝巻き越しの肌にどんどん爪が食い込む。怒ってるかなと、もう一度謝ろうとした時小さな、本当に今にも消えそうな声で、あめみやが好きだと下の方から聞こえてきた。ふっと目線を下にずらすと震えているのが分かった。僕もすきだよ、白竜のことがと笑うとちがうと即座に返事が返ってきた。ふわふわした真っ白の髪の間からちょこんと覗く耳は赤く、こうしてる間にどんどん爪は食い込んでくる。ああこれはと思った。同時になんだかかわいそうな子だなと、思った。こっち向いてと優しく言うとおそるおそる彼が顔を上げた。透き通った赤い目はただ一心にこちらを見つめていた。だって君の好きになったあめみやはもうすぐいなくなるんだ。心の中でそっと呟くと、まるでそれが聞こえていたかのようにぽろぽろと涙がこぼれて、薬品の匂いの染み付いた僕の服に吸い込まれるように滲んでいった。目を閉じて。そっと言い放つ。僕は目の前の真っ白い彼と同じ気持ちだったのか、自分でも分からなかった。でもたぶんそうなんだろう。じゃなきゃキスなんてしなかっただろうなと人ごとのように頭の隅で考える。これが僕にっての最初で最後のキスになるだろうか。

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