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□冬に
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「外に出ようか。」
そう言って微笑んだ彼の透き通るような白い肌は赤く染まっていた。冬はどうしたって外に出たくないものだ。これはきっと大半の人が感じていることだろう。暖かい部屋の中でのんびり過ごす。彼だって今までその大半の内の人間のはずだったろうに、一体。彼の手の痛々しく腫れた、所謂しもやけというやつがこの季節の恐ろしさを静かに物語っている。
「やだよ。」「いいから。」
抗議の言葉は一蹴された。うん、なんとなく言うと思ってたよと呆れた顔で言うと、よく分かっているじゃないかとでも言うような満足げな表情でふふとこちらを見て笑う。溜め息をつく間にふと彼がどこからかさっと取り出してきた些か僕たちには大き過ぎる黒いマフラー。白い手が伸びてきてくすくす笑いながら僕の首をぎゅうぎゅう遠慮なく締め付ける。ああ、全く。ちょっと殺す気なのかい、苦笑いで言うと笑っていた彼はしばらくの間を置いてまた静かに目を細めて笑いだしまさか、と呟いた。お前はもう死んでいるのに殺すことなど出来ない、そう彼のビー玉みたいな赤い目が何かを物語っている気がした。遠慮なくマフラーを巻き付けてくる彼の、アルビノを患っているかのような白銀の長い髪がぱさぱさ揺れる。相変わらず綺麗だ。出会って間もない頃はこの髪が嫌いだとか、言ってたっけ。真っ白で不気味だってなにか事ある度ぶちぶち引き抜いていた。君が不気味だなんてそんなことは決してないのに。彼は気付いているのかな、不気味なのは寧ろ僕の方なのに。
ぱさぱさ揺れる白銀の髪から花の匂いがふわり、天使を見ているかのような錯覚にまた陥った。
「ほら、巻けた。行こう。」
「ああうん、」
さっと手渡された安物コートと彼の声にていきなり現実に連れ戻された。羽は生えてない、それに足はしっかり床につていているがそれでもやっぱり、人間であるとは僕からすれば眩しくって一概には言えないのだ。ほら早く早くと急かす彼にはやっぱりかなわない。手を引かれるままに、ぎぃと玄関の扉を開ける。その瞬間ぶわりと冬の冷気とともに冷たい風とともに、たくさんの何かが視界を掠めた。ふわふわと無防備な顔に飛んでくる白く冷たい何か。気付けば外は白で染められていた。よく行く商店の看板も、捨てられたのかいつもススを被っている自転車も、半端に舗装されたアスファルトだってみんなみんな真っ白になっていた。手をすっと伸ばし街を白に変えたそれを受けとめてみる。あっという間にじわりと溶けてしまった。なに、これ。
「え」
思わず声を出した僕の方を振り返った彼はこの上ないほど得意げに、そして嬉しそうな顔をして言った。
「これはな、宝石なんだ。世界一綺麗で儚い宝石だ。」
宝石。宝石なのか、これ。空から降ってくる宝石。街を清々しい程の白に染めてしまう宝石。これがロマンチックってやつなのかな。妙に納得してしまった。降りやむ気配のない宝石をまた受けとめてみる。あ、なんだか綺麗な形をしている。すごいすごい。気づいた瞬間にはもう手の上からは消えてしまったけれど。
「何て言う宝石なの?」
自然と声が高くなる。すごく綺麗で、真っ白。まるで白竜。君みたい。
「雪」
続けて彼が、お前にこれを見せたかったんだと言った。そうだったの、来てよかった。嬉々とした表情の真っ白の彼は真っ白のそれと同化していて、今にも溶けそうに感じた。触れた途端、水になって僕の指をさらりとすり抜けていく白竜。容易に想像できたのがとても恐ろしく感じた。君が儚いなんて言うから。
「ありがとう。とっても嬉しいよ。」
ふわと揺れた彼の髪に宝石はついていて刹那きらきらと光って水となった。冬もいいものだな。

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