第参幕

□2
1ページ/5ページ

大切な思い出
大切な記憶



全部全部忘れないよ



宝箱手に呟いた



___道化師の夢物語




誰かが髪を撫でてくれている。
ソロリソロリとまるで割れ物を扱うかのように。
なんて優しい手つきなんだろう。
なんて温かい手つきなんだろう。
あまりの気持ちよさに、結衣はその手のある方へと擦り寄った。



「もっと......」



手に触れた布地を優しく握りしめる。



「気持ちいいの......」



幸せな気持ちで、ふんわりと笑う。
すると、何故か撫でる手が止まってしまった。
え、やめないで。

待てど暮らせど手が動き出す気配がなかったので、結衣はモソモソと起き上がった。

重たい瞼をなんとかして持ち上げると、視界に人影がうつる。
ぼんやりとした焦点が次第に定まり、世界をハッキリと捉えた。



「宍戸......??」



空いた片手で顔を覆って俯いている彼は、どこからどう見ても宍戸であった。
校内でいつでもどこでもそんなキャップ被ってるのなんて君だけだもん。
ある種のトレードマークだよね。



「ぁっ、いや、これは.......っ!!」



結衣の声で我に帰ったのか、慌てて距離を取る宍戸。
距離を取る?



「むぅ、なんだよ宍戸。なんで離れるのさ」

「いや、ちょっと、な。ははっ」



不満一杯に睨み付ければ、ははっと頬を掻きながらふにゃりと笑ってくるもんだから、湧き出た怒りも幾分か和らいだ。



「変なの」



顔が真っ赤なのも、挙動不審なのもいつもの宍戸らしくない。
そもそも、宍戸が寝ている結衣の頭を優しく撫でるなんてこと自体があり得ないわけでーー



「宍戸、なにかあったの!?」

「うわっ!?なんだよ!!」



急に詰め寄った結衣を目を見開いて見つめる宍戸。



「だって、さっきから様子がおかしいから......」



宍戸がふにゃりと笑うとかだって、よくよく考えれば希少価値!
ファンに見せれば卒倒確実な代物だよ!!
まぁ結衣には効かないけどね!



「いや、それは.......、なんでもねぇよ!気にすんな!!」

「そ、そう?ならいいんだけど」



いつもの宍戸に戻ったみたいなので、ひとまず落ち着くことにした。

不意打ちだったんだから仕方ねぇだろ。
なんて呟きが聞こえたが、それはあくまで独り言。
きっと問い詰め禁止のなにかだ。
ほら、また宍戸うつむいちゃったし。
うーん、ま、いっか。

それはそうと、結衣は辺りを見渡して、宍戸と向き直った。



「ジロちゃんなら見ての通りいないよ」

「え?なんでジロー?」

「ジロちゃん迎えに来たんじゃないの?」



例のごとくジロちゃんのお迎え。
だって今、授業中だもん。
そんな時間に真面目な宍戸が出歩いているなんて、それくらいしか理由は思い付かない。
担任公認のお世話係は大変ですね。なんてね。

結衣の場合は、先生もクラスメートも基本放置スタイルな故に自由である。
というか、単純に宍戸ほど優秀なサボり魔探索装置はいないということなんだろうけど。



「いや、ジローに用があってきたわけじゃねぇ」

「え、そうなの!?」



ということはサボり!?
思わずそう叫ぶと、宍戸は再びはにかんだ。
ヤバイ。
こんな希少な表情を1日に二回も見るなんて、今日は絶対雨がふるに違いない。



「どうしよう。傘持ってきてないんだけどなぁ」

「そこまで俺がサボるのは変なのかよ!」



いや、変なのはそこではないと訂正しようとして、止めた。
宍戸が唇を尖らせて、先に口火を切ったのだ。



「お前に用があったんだよ」

「結衣に?」

「あぁ」



何のようなのだろうか。
こんな、わざわざサボってまで結衣と話をしにくるほどの用なんて。
じっと見つめると、宍戸は強い視線を持って見つめ返してきた。



「お前、髪伸びたよな」

「そういえば、随分切ってないかも」



宍戸の腕が、そっと結衣の髪をすいた。
手からこぼれ落ちた髪の束が肩を撫でる。



「髪結んだりしねーの?」

「んー、どうだろう」



何度も聞かれてきたこの台詞。
肩を超えた長さというのは、バスケをするにはいささか不便だ。
顔にかかるし、乱れるし。
だけど、結衣の答えは決まっている。



「あのリボン以外で髪を結びたいなんて思えないの」

「じゃあもし、俺が髪飾りなんてやっても、つけてもらえねーのか?」



驚いて宍戸を見た。



「くれるの?」

「あぁ」



頭から手が離れ、宍戸は胸ポケットから小さな袋を取り出した。
それを受けとり、中身を取り出す。



「わぁ......!」

「アクセサリーショップでたまたま見つけてよ。お前に似合いそうだとか考えてたら、いつの間にか買ってた」



照れたように笑う宍戸に、愛しさが胸に込み上げてくる。
結衣は白いレースのリボンがついたシュシュを握りしめたまま宍戸に飛び付いた。



「気に入ってくれたか?」

「うん!」



宍戸の体から力が抜けたのがわかる。
緊張していたのか。
宍戸が今どんな顔をしているのか気になったけれど、ぐっと堪えた。
だって、結衣は顔をあげることができなかったから。



「ほんとにありがとう〜...…!」



くぐもった声に、宍戸は苦笑して、結衣の背中に腕を回した。



「餞別だ。向こうでも頑張れよ」

「うんっ」



とんとんって、優しい拍子が心に響く。



(込み上げた思いは涙と共に)
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ