第弐幕

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ぽつぽつぽつと雨が降る
カエルが跳ねる
水溜まりを蹴飛ばした

傘を持たずに空見上げ
滴は瞳を濡らしてく

瞼を臥せて手をのばす
伸ばしたところでつかめない
当たって弾けて飛び散って
二度と元には戻らない

それならこうだ
両手でお椀
小さな滴が集まって
綺麗な水溜まりができました


__道化師の夢物語



「ん?」


ふと目に映ったそれに、結衣は足を止めた。
目を凝らして、じっと見てみる。


「カブトムシだ!」


結衣は息を殺してそろそろと木に近づいた。
そしてパッと手をのばす。


「やった!」


手の中のくすぐったい感覚に、捕獲の成功を確信した。
そぉっと、両手の間に小さな隙間を作って覗いてみる。

黒光りする滑らかボディーに、立派な角。
大きさだって、掌いっぱいに乗っかっていて、昆虫ショップでもなかなかにお目にかかれないレベルだろう。

結衣はすぐにでも誰かに自慢したい衝動に駆られた。
残念ながら身近に人がいないので、その欲求を叶えることは難しいのですが。

人間できないと分かれば余計にしたくなるというもの。
どうにかして誰かに自慢できないものかと試行錯誤していると、突然肩をポンと叩かれ、声をかけられた。


「結衣ちゃんやん!こないなとこでなにしとるーー」

「きゃあああああ!?」


近くの木々からバサバサと何かが飛び立っていく音が重なった。


「ぅわっ!?」


間抜けな悲鳴に、結衣は恐る恐る振り返る。


「お、忍足くん!?」

「せやで!」


ふわふわ偽物金髪の忍足くん。
忍足さんのいとこさんだ。
見知った人物の姿に、結衣はほっと一息ついた。


「もう驚かさないでよー!めっちゃビックリしたじゃん!」

「ほんま堪忍なぁ。脅かすつもりはなかったんや」

「うぅー、まぁ、結衣も驚きすぎた感いなめないし、ごめんね?」


本気で申し訳なさそうに肩を落とす彼に、結衣は頭を下げた。


「それはそうと、こんなとこでなにしとったん?」


辺り暗いし、一人は危ないで。なんて、最近何度も耳にした言葉を流して、結衣は瞳を輝かした。


「そうだった!忍足くん、君めっちゃいいところに来てくれました!!」

「へ!?」

「じゃっじゃーん!見て見て!カブトムシ捕まえたのです!めっちゃでっかいの!」


捕まえたカブトムシを指でつまんで、忍足くんに突きつけた。
彼の瞳が次第に丸くなる。


「うっわ、本物!?マジもんなんそれ!?めっちゃすごいやんか!!」

「でしょでしょ!?結衣もうテンション上がっちゃってっ!」

「ええやん!なぁ、それ触ってみてもええか?」

「いいよ!はい、どうぞ」

「おおきに!わぁ、ほんますんごいなぁ」


つまんだカブトムシをいろいろな角度に向けて楽しそうに観察する彼に、結衣は言った。


「前から思ってたんだけど、忍足くんって、忍足さんと全然似てないね!」

「ん?あぁ、それよぉ言われるで。まぁ、あいつに似たところで嬉しくもなんともないけど」

「あはは。あんなのが2人いたら疲れちゃいそうだなぁ〜」


あのポーカーフェイスは、真の意味で周囲を観察しているようで、他人のことには首を突っ込みまくるくせに、自分のことはなんにも教えてくれないんだ。
彼がなんのためにそんなことをしているのかはわからないけれど、そんなの、相手との間に壁を置かれているようでとても寂しい。

距離感つかむのに苦労するんだよね、あの人は。

そんなことを思って苦笑いすると、忍足くんがわかるわかると、大きく頷いた。


「侑士も大概めんどくさい性格しとるからなぁ。馴れてまえばそうでもないねんけどな?」

「そうなの?」

「おん!あいつは意外と単純やねんで!」

「へぇ......」


忍足さんが単純......。
全くといっていいほど信じられないのですけれど。


「その顔、信じてへんやろ」

「だって、忍足さんってなに考えてるかたまによくわからなくなるんだもんー」


じとめの忍足くんに、唇を尖らして不平をもらす。
そんな結衣の背中をバシバシと叩いて、忍足くんは笑った。

「とにかく慣れや慣れ!頑張りや!」

「うーん、まぁ頑張ってみますわー......」


果たしていつになるんでしょうかね、それは。
結衣は遠い目をしながら、言うだけ言うのでした。


「ほな、これ返すわ」


そして、忍足くんが差し出したのは足を一生懸命動かしているカブトムシ。
きっと逃げたくて仕方ないのだろう。

うーん、もっとたくさんの人に自慢したかったんだけど、さすがにこれ以上つれ回すのはかわいそうかな。となると、やっぱあれしかないな。


「ちょっと待って。この子の写真撮りたいから、持っといてもらっていい?」


ポケットから携帯を取り出して、にっこりと笑った。


「ええけど、まさか俺も写るんか?」

「うん!皆に自慢メール送るから、どや顔でよろしく!」

「んー、せやったらこっちのがええんちゃう?」

「へ?」


ぐいっと腕を引かれ、頬と頬が触れあう。
結衣が戸惑っているうちに忍足くんは携帯を持ち上げ、視線を斜め上へと向けた。


「ほないくでー!」


はい、チーズ!
そんな掛け声と同時にパシャリとシャッターが切られる。


「どや!めっちゃええ感じやん!」

「あはは、めっちゃどや顔ー!!」


カブトムシを真ん中に、得意気な顔をした中学生2人の写真が完成した。


「自分かて負けてへんで!あ、それ俺も後で白石達に自慢したいから、転送したってもろうてええ?」

「うん、いいよー。今携帯持ってる?」

「それが部屋に置きっぱなんや」

「あらー。じゃあ忍足さんにでもアドレス聞いてから送るよね!」

「おおきに!それか、結衣ちゃん今から俺らんとこ遊びに来るか?小牧とかも来て、トランプとかしてんねん」

「そうなんだ!?じゃあちらっとお邪魔しようかな!」

「ええでええで!楽しくなるんは大歓迎や!」


そんなわけで、四天宝寺のロッジへ遊びにいくことになりました。



(とりあえず、おつかいの飲み物全部買ってからな?)
(パシりですか、忍足くん)
(ちゃうねん!罰ゲームや罰ゲーム!さっき負けてもうてん)
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