第弐幕

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仮面が落ちる
地面にぶつかり粉々に
薄くて脆い仮面は消えました


それは合図
道化師の舞台の幕引きです
悲しい舞台はおしまいです

くるっもまわってペコリとな
幕が再び上がりだす
ピエロの素顔が光を浴びる
彼女はにっこり微笑んだ

舞台はあなたのつくりもの
どう演じるかはあなた次第

あなたはどんな役になりますか?


___道化師の夢物語


「結衣さん、こんなところにいたんですか」


重たい扉をあけて船の先頭にまで出てみれば、探していた人物の姿がそこにあった。
船縁で羽を休めている海鳥を見つけ、そろそろと近づいていくところだった彼女が声に気づいて振り向いた拍子に、鳥は驚いたのか空へと舞い上がってしまう。


「あぁ、逃げちゃったじゃん!!」


不平を述べる結衣に、鳳は肩をすくめて苦笑した。


「だめですよ、なにも言わずにどっかいくなんて。宍戸さん達が心配しています」

「だって、こんなに天気いいんだよ?外の方が景色もいいし、気分もいいよっ」


満面の笑顔で両手を広げる結衣。
楽しそうだなと鳳は思った。
彼女の笑顔は、不思議と人を無性に惹き付けるのだ。
もっと見ていたい。
なぜかそう思わされてしまう。
それでも、鳳は心とは裏腹に、「駄目ですよ」もう一度、そう言った。


「芥川さんでさえ部屋でじっとしてるんですから」

「部屋で寝ているの間違いでしょ?」


くすくすと笑っていた結衣は、突然笑うのを止めて手を宙へと伸ばした。なんだろうと様子を見ていると、羽が一枚降ってきていて、ふわりと、音もたてずに、差し出された手のひらに落ちてくる。
彼女はそれを握って、じっと見つめた。


「あー、残念っ!灰色だっ」


どうやら、期待に沿わなかったらしい。


「灰色、嫌いなんですか?」


首を傾げる鳳に向かって、違うよ。と彼女の唇が動く。


「白くて、先っぽが灰色の羽が欲しかったの」

「まさか、さっき鳥を捕まえようとしていたのって....」


むごたらしい光景を想像する鳳に、結衣は大慌てで首を横に振った。


「違う違う!!それはただ捕まえたかっただけで、今は羽、どうせならそんな羽がよかったなぁって話だよ!?」

「あ、そういうことですか。よかったぁ。俺てっきりむしろうとしているのかと思ってました」

「そんなことしたらつつかれそうじゃん!嫌だよそんなの〜」


結衣は声をたてて笑いながら羽を弄んでいた。
その様子を眺めながら鳳は言う。


「俺は中途半端な色よりも、真っ白の方がきれいだと思いますけど」

「だって真っ白じゃないもん。灰色も違う」


それから、結衣はくるりと体の向きを変えて船縁に足をかけた。
そのまま、羽をつかんでいる方の手を海の方へと伸ばす。
風に吹かれて、体積の広いその羽はパタパタと音をたてだした。


「でも、限りなく近い白なのかな?」


結衣の手のひらが開かれた。今しがた握られていた海鳥の羽は、ひらひらと舞いながら、海面にふわりと落ちていってしまう。途端、羽毛は滑るような速さで船の前方に流されていくそれを見つめながら、結衣は言った。


「白8割、黒というほどではないから灰色2割ってとこだと思うんだ」


彼女の言葉の真意を汲み取ることはできない。
ただひとつ分かることは、口元は弧を描いてるものの、目が笑っていないその表情が、出会ったばかりの頃の結衣の姿を彷彿とさせるということだけだ。


彼女の世界に、俺は触れることができるのだろうか。
鳳は考えた。考えて、そして、答えは見つけられなかった。


「とにかく、黙っていなくなるのはやめてください」


そこにいるのに、どこが違うところに存在しているかのような感覚を振り払うように、鳳は結衣に声をかける。


「えー、でも船のなかだよー?だめー?」


甘えた声をだす結衣の目は、相変わらずどこか遠くを見つめたまま。彼女の意識はいったいどこを向いているのだろう。
毎日を幸せそうに過ごしている彼女と、ここで海を見ている結衣はまるで、別人のようで、なぜか怖くなってしまった。儚く感じて。すぐにでもいなくなってしまいそうでーーー。


「だめです。こうして船中探し回らされてる俺達の身にもなってください」

「ちぇ。じゃあ、仕方ないなっ」


結衣はにやりと笑って、船縁から足をおろす。瞬間、先程まで纏っていた雰囲気はなんだったのか。うって変わって、いつも通りの結衣に戻っていた。

結衣はそのまま方向転換して、鳳へと近づく。
そして脇をすり抜け様、結衣は鳳の胸を軽く叩いた。


「戻ろっか!」


無邪気な笑顔で笑いかけ、そのまま、船内へ通じる扉を開ける結衣。
その姿に、鳳は諦めにも似た感情でため息をついた。


「なんていうか、放っておけないんですよね」

「??鳳くん、今なにか言った??」

「いいえ、なにも」


それから鳳はにっこりと笑って、結衣の後に続くように扉をくぐるのだった。
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