短編
□自力本願【海道薫】
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小さな体を震わせて、君は段ボールの中で踞っていたんだ。
その姿は憐れで、とてもとてもかわいそう。
薄汚れたその体も、ボサボサの毛並みも、時折漏れる弱々しい泣き声も、どれもこれもかわいそう。
だけど、一つだけ。
たった1つだけなんだけど、そのたった一つが、そんな同情をすべて振り払っちゃうんだ。
『ねぇ、どうして君はそんなに強い瞳をしているの?』
そっと伸ばした手に噛みついて、小さな体のくせして全身全霊威嚇する。
弱々しい体でも、精一杯の抵抗を。
決して媚びず、他者を排除して、その強い瞳で前を見据える君が、なんだか知り合いのぶっきらぼう君の姿を彷彿とさせたんだ。
'.`,。*°
「おはよう、海堂くん」
「っス」
軽く挨拶を交わして、彼はさっさと行ってしまう。
私は小さくため息をついて、すぐにあとを追った。
「君って、本当愛想笑いってものをしないよね」
「......愛想なんか振り撒いてなんの意味があるんスか」
「そうだねー。とりあえず、世の中が随分と生きやすくなるかな」
「別に振り撒かなくたって生きていけますから」
相変わらず彼は素っ気ない。
「そうかな?だって、助けが必要なときとか、あるじゃん?」
「自分でなんとかします」
「えー、楽なのにー」
「楽をしてなにかを成し遂げたところで、俺は納得できないんで」
淡泊な彼の言葉を反芻する。
そっか。
楽は嫌いか。
「さすが海藤くんだね」
「どういう意味っスか?」
「んー、そのまんまの意味だよ」
「はぁ.......」
私達は並んで歩いた。
静かに、黙々と。
そして、それぞれの教室に向かうためにお互いの足の向く先が変わる。
そんな去り際に、私は尋ねた。
「君は、なんでも自分でできると思ってるの?」
「いや、そういうつもりはないっス」
ただ。
彼の唇が動く。
「大抵のことは自分でどうにかできるとは思ってます」
「そっか」
やっぱり似てる。
私は去っていく彼の背中を見つめながらポツリと呟いた。
*。,°。*°
段ボールにはなにもいない。
ひしゃげた段ボールの前でたたずむ私の目の前を猫が横切った。
壁を登り、ピタリと動きを止める。
じっくりと、私と視線を交わし、猫は踵を返して駆けていった。
私は今見た猫の姿を思い返す。
薄汚れた毛並みは少し荒れていた。
額に走る傷に心が痛む。
だけど、少しだけ大きくなった体で、あの子は変わらず強い瞳で私を見つめてきたんだ。
今回は睨むんじゃなかった。
ただ、見つめてきた。
『どうだ。誰の手を借りずとも、俺は生きてるぞ』
そう自慢しているように感じられて。
「ふっ」
私は手に持っていたツナ缶を見て、投げやりに笑った。
笑って、缶を鞄に戻し、歩き出す。
段ボールが風に吹かれて道路をさすらう音が聞こえていた。