長編小説
□五日目
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江戸城の資料室の重要機密を知ろうとして、それを阻まれたと思ったらなぜか今井が加勢してきて、あいつが提示したタイムリミットギリギリで脱出して、とりあえず城から離れて、それで…
行く手に俺そっくりの奴が現れて、そいつが放った光線で体の力抜けて、俺の体抱えて手首に針――
そこまで思い出し、バッと目を開いた。見慣れない真っ白な天井に、鼻孔を擽る微かな薬品の匂い。背中に柔らかい感触。どうも自分は寝ていたようだった。
今更無駄だとは思いつつ、眼球だけ動かして室内を見回す。とりあえず真横に「動いたら殺す」みたいな雰囲気をもった人間がいたり、自分が拘束されていたりという事態には陥っていないことを確認すると、そろりそろりと上体を起こした。
自分の体を見下ろすと、第一ボタンがはずされた状態のシャツにスラックスのみという普段よりかなりラフな格好だった。キョロキョロと辺りを見回すと、上着とベスト、スカーフがハンガーに掛けられている。その横あたりの刀掛けには自分の愛刀が置かれていた。
その好待遇から、このクソ面倒なときにややこしい相手の手に落ちたわけではないらしい、ということをひとまず理解しホッと安堵の息をつく。
そのとき、ギィと音がして部屋の扉が開いた。警戒心から思わずベッドから身を乗り出し刀に手を伸ばすが、途中で手首をグッと掴まれる。さして強い力ではない、けれど振り払うことが出来なかった。
「無駄ですよ、あなたの体は今、本来持つ力の3分の1ほどしか出せません」
手首を掴んだその相手は、そう言うとトンと俺の肩を押した。これも軽い力だったのに、踏みとどまることはできずベッドに尻餅をつく。拉致された、で語弊がないでろうあの一幕で注射された薬品の効能なのか、それともその後勝手にいじられていたのかどっちかはわからないが、どちらにせよ俺はドジを踏んだらしい、ということを察して気持ちが重くなる。
「こんな手の込んだことまでして、俺に何の用でさァ」
「最近ちゃんと食事摂ってます?」
「話聞いてんのか?」
俺の苛立ちの混じった声にも動じず、相手は言葉を続けた。
「適正体重は58キロプラスマイナス0.5…どうも、あなたはそれ以下のようですが」
「…ロクに食えてねーよ、おかげ様でな」
「些か心外ですけど間違ってもいないので、何か食べますか?」
おかげ様で、という俺の挑発に肩を竦めてそんな質問を投げかけてくる。
「食欲わかねェからいい」
「自分の体調ぐらい管理しましょうよ、仮にも隊長なんでしょうあなた」
というが早いか俺の口に強引に焼き鳥をねじ込むと、「何で焼き鳥…?つーかいらねェっつたよな」という俺の呟きをスルーして会話を進めた。
「あなたが急いでいて、かつ機嫌もあまりよくないことは理解したのでお話しましょう」
そう前置きして、沖田に語られたものはこんなことだった。
自分は沖田自身がここ数日追いかけていた『計画』によって人工的に作られた人間である、ということ。そして、その計画の中で『失敗作』にあたるということ。クローンにせよ人間は人間であり、ロボットではないため一定まで成長した段階で脳に電子チップを埋め込むのだが、どうしたわけかそれが脳とうまくリンクできなかったらしい。そのため他の個体と同じ働きは期待できない代わりに、一つ独立した存在として特殊なポジションを与えられている、ということ。電子チップが仕事をしていないお陰で、『計画』の産物でありながら監視から逃れることができる、ということ。
「…『失敗作』なァ。じゃあなんでィ、俺の身柄押さえたのも…」
「いえ、それは独断です」
「は?」
「『失敗』のお陰で、自我をデジタル制御されている他の個体と違って、一番オリジンに近い存在なのが私です」
「オリジンって、」
「ええ、あなたのことです。『計画』はあなたのDNAマップからクローン人間を量産することですから」
思わずゾッとしたが、こんなことにひるんでいる場合ではない。
「それで?お前は俺をどうしたいんでさァ。いや…俺に何を求めてるんでィ」
「『計画』で作られた個体は、制御が簡単な代わり万が一敵の手に渡ると、もはや止める術がありません。しかも真選組一番隊隊長のクローン、敵に回せば…」
「ひとたまりもねェ、か」
沖田の口元ににやりと笑みが浮かぶ。
「私の存在は言わば『スペア』です。そして、『マスター』があなたです」
「…つまり?」
「万が一実験個体が暴走したときの最終手段はあなた自身、ということです」
それを聞いた沖田が呟く。
「『コード・ゼロゼロ』って俺のことだったんですかィ」
「どこで、それ…?」
「正規の『実験』が頓挫になるまでの記録なら、まだ幕府のデータベースに残ってるんでさァ。まあもちろん、そう簡単に手に入るモンじゃねェけどな」
と言って口角を上げる沖田に、相手は引き攣った笑みを浮かべて言った。
「…何してたんですかあなた。というかその無茶っぷり、潜在的に俺にもあるんですかもしかして」
「ま、しかし、最終手段が俺なら思ってたより楽に済みそうですねィ」
「はい?」
「お前が俺に一番近い存在ってなら、目的はどうであれ止めてェんだろィ、この実験」