短編小説

□銀魂深夜の即興小説45分一本勝負
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【危険な関係】

「ほい、約束の品」

人の流れに任せて視線を泳がせていた女に、声を掛けると同時に紙の箱を差し出した。特に驚くでもなくこちらに向けられた目は、俺の持つマスタードーナツの箱を捉えた瞬間、わかりやすく輝いた。いや、これをわかりやすいというのか知らないが、日頃の表情の起伏のなさを思えば十分である。
そういえば例の甘党のあの人は、ものすごくわかりやすく顔に出るんだよなァと頭の中で比べていた俺の目の前で、好物を手にした今井は俺の予想のナナメウエへ飛躍していたようで、はっとしたときには驚異的なスピードで口にドーナツを突っ込む姿があり、それを呆然と見る通行人の視線があった。

「オイ」
「…?」

なに、と目で訴えてくる。当たり前だ、そんなに詰め込んで喋れるわけがない。

「場所考えようぜ」

言うが早いか俺は相手の返事を聞かずに首根っこを掴んでグイ、と引っ張った。特に背後から刃物で切りつけられたりだとか拳か蹴りが襲って来るようなことはなく、そのまま人気のない公園に辿り着く。
す、と手を離し見てみればしっかり箱の中身は空っぽになっていて、その器用さに呆れを通り越して感動した。普通人に引きづられながらものを食べるだろうか。

「…ッ!?」

カアン、と高い澄んだ音が響き、遅れて手に痺れをもたらした。

「食後の運動なら他当たれ、どーぞ」
「ドーナツだけで済む貸しじゃないでしょう?」
「それでチャラにするっつたの、お前だろう…が!」

グッと腕に力を込めて今井を引き離す。そう、なんでこんな妙な取り合わせで行動していたかといえば、ひょんな成り行きで俺がこいつに借りを作ってしまったことにあった。

「残りは体で払ってくれたら本当にチャラにしてあげる」
「…は。わぁーったよ、とりあえずその語弊のある言い方止めねェ?」
「最初の言いだしっぺはあなたでしょう」
「ごもっともで」

ピーだのピーだの散々言い合った夜を思い出して笑う。きっと俺とこいつの距離は未来永劫、縮まることも離れることも知らないのだろう、そう思いながら自分に迫る白刃を受け止めた。
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