短編小説

□夜遊びは18になってから
1ページ/3ページ

青白い閃光を引きながら振り下ろされた刃を半身を開いて流す、大きく一歩踏み込んで横薙ぎに胴を払う、胸を狙って放たれた突きをふわりと大きく飛んで避ける、間髪いれず襲いかかる袈裟斬りを刀の腹で受け止める――

「って、何やってるアルかァァァァアアアアア!!!!!」

地球は年々暑くなるというのに、エアコンをつける余裕のない万事屋にとって熱帯夜は天敵に等しい。ちょっと表出ろコラぶっ殺す、みたいなポジションにある。

あまりの寝苦しさに夜風に当たろうと思ったのが約10分前、寝巻きから外出用のチャイナドレスに着替え終わったのが約6分前、万事屋を出たのが約5分前、公園に行こうと思いついたのが約4分30秒前、歩き始めたのが…面倒くさい。かくかくしかじかで神楽は公園の入り口にいた。

日を嫌う代わり、夜には強く夜目も効く夜兎族である神楽は、月が隠れ真っ暗でも、公園内をおおよそ把握することができた。

ちなみに、彼女の目がハイスペックなのは前述の通りだが、例えばゴリラが人気投票の結果に不満を持ったキャラクターによって半殺しに遭っただとか、アニメスタッフが背景以外のスイッチを入れ忘れただとか、そんな状態においてはどうしようもない。悪しからず。

話が逸れた。誰も居ないと思っていた公園には先客が二人いた。そしてその片方は見知った顔だった。しかし、その二人は公園という場に似つかわしくない、鋭利な刃物――抜き身の真剣を手に刀を交えていた。

しかし、確かに斬り合いはしているが、その場には一滴の血もなく、死の気配もなかった。入れ替わり立ち替わり、青みを帯びた銀色の光と共に、まるで舞うかのように剣を繰り出す姿に暫し呆気にとられ、思わず見惚れ、刀と刀がぶつかった時特有の、高く澄んだ金属音で我に返り、冒頭の叫びに戻る。

刀をぶつけた勢いそのまま、双方後ろに大きく跳ぶとふわりと着地。声の上がった入り口の方を凝視する。

人の気配はするし、人らしき影も見えるが、如何せん闇夜、それが誰かまではわからない。片方が何か呟いたが、それも遠くから響くクラクションに掻き消された。

折良く雲間から月が覗き、公園を照らす。それぞれ離れて立つ三人の輪郭を淡い光が浮かび上がらせる。

「…あら。」

真っ白な服に長い黒髪の女が神楽を見て声を上げた。

「やっぱりテメェか。」

対象的に真っ暗な服に身を包んだ男も、こちらは棘を含んだ口調で言う。

「何をしているの?」「何してんでさァ?」

神楽が何か返す前にさも不思議そうに問う二人を前に、彼女は珍しく頭を抱えた。

「質問に答えろヨ。お前らが何してるのかって聞いてるアル!」

架空のちゃぶ台がひっくり返るような勢いで叫ぶ神楽を見て、二人はのんびり首を傾げると各々答えを口にする。

「殺し合いよ。」「…不可抗力でさァ。」

女はわくわくと、男は面倒臭そうに。

「不可抗力って何アルか、答えになってねーんだよ。大体サド、お前警察の癖に何に絡まれてるネ。」

役職も絡まって、なぜかドSとして名高い沖田総悟は隣の女を指さし、口を開く。

「んなら、俺にだけに言うのは筋違いってもんでさァ。こっちも警察。」

え?と首を傾げる神楽にさらに補足する沖田。

「見廻組、っつー警察組織の副長でさァ。」

「…初めまして、今井信女よ。」

相変わらず首を捻っているが、まあ無理もない。何せ同じ幕府方に属す警察組織の一員同士である沖田でさえ、つい先日初めて直接顔を合わせ、言葉を交わし、そして――刃を交えたのだから。

神楽の上司、万事屋の店主・坂田銀時も事のあらましは理解しているはずだが、それを神楽に説明することはしていないだろう。

「…いや、余計ダメアル。どっちも止めるのが仕事じゃないネ?」

神楽の突っ込みに黙り込む沖田に対し、今井はあっさり一言。

「人斬りだもの。理由なんているかしら。」

その不穏な言葉に眉をひそめた神楽の前で突風が吹いた。

「…早く帰りやがれ、旦那が心配しまさァ。」

いつの間にか大きく間合いを詰め、今井のスカーフを掴んだ沖田が、背中越しに押し殺した声で、らしくもない言葉を吐く。

今の突風の正体が沖田そのものだったことに遅まきながら気づいた神楽は、唐突な行動に言葉、普段聞かないその声音にびっくりした表情を浮かべる。

「サド…?」

「だからさっさと帰れ、ガキ…ッ!」

言い終わる前に、沖田の言葉は今井の刀で遮られた。咄嗟にスカーフから手を離し、後方に飛んだ沖田の頬を、刀の切っ先が浅く抉る。

斬られた瞬間は赤い細い糸のようだった傷からはあっという間に血が溢れ出す。頬を伝い、顎からポタポタと滴る血にチッと舌打ちすると、唇に流れた血をペロリと舐めた。

「そんな目をして…なのにどうして、刀を抜かないの?」

刀の先に付いた血を見ながら、今井が首を傾げる。そう、沖田は腰に帯びた刀を抜こうとしないのだ。素手では間違いなく劣勢に立たされるにも関わらず。

神楽も視線を沖田に移したが、無言のままだ。その代わり手の甲で乱暴に顎の血を拭うと、口だけ動かした。

――― は や く い け 。

直後、沖田をまた、今井の刃が肉薄する。が、紙一重で攻撃をかわした沖田は連続で襲う剣を無駄のない動作でかわし続けた。

それでも少しずつ少しずつ、確実に植え込み…要は公園の端に追い詰められながらも刀に手を伸ばさない沖田を見て神楽はくるりと背を向け、公園の外へ走り出る。

一目散に走り、公園からそれなりに距離ができてから立ち止まった神楽は溜息を吐いた。

「相変わらずバカアルな…。」

その顔に浮かぶのは、苦笑い。

「大層な人殺しアル。」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ