素敵な貰い物♪

□蒔いた種が咲かせる華は
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頭がすごく痛い。
クラクラして吐きそうだ。


そんな感覚で意識が底の方から戻ってくる。


「う…」


一言呻いて身体を起こそうとした。


けれど、何かに引っ張られるように
俺の身体は起き上がってはくれない。

仕方なく重い瞼をあげて、周りを確認する。


そこは見慣れない場所だった。


壁も天井もやたらけばけばしい色で、
照明は薄暗い。

そんな中、俺の身体はベッドに沈んでいた。


そして…なぜか手首がベッドの端に
縛り付けられて、拘束されている。



「な、に…これ…」

「目、覚めた?」



俺の呟きに女の人の声が返ってくる。

女の人…そうだ、俺は…
名刺を返すために高野さんに会って…

それでバーで一緒に飲んで…


そこからの記憶がない。



「たか、のさん…?」


俺の呼び掛けには答えずに、
高野さんらしき女の人は俺のそばに腰かける。

そしてその白い手で頬を撫でられた。



「そうよ。」

「なん、で…こんなこと…」



理由がまったくわからない。

状況的に、ここはホテルだろう。
けれど記憶が飛ぶほど飲んだ覚えもない。

俺が飲んだのはたった1杯だけだったはずだ。



「なんで…?おかしなことを聞くのね。」

「おかし、い…?」


たどたどしい俺の問いかけに
高野さんはくすりと妖艶に笑う。


「こんなの、あなたを私のものにするために
 決まってるじゃない。」

「え…?」

「そうすることで私の復讐は遂行されるの。」


そう言いながら、高野さんは
俺のシャツを脱がせにかかってきた。


「復讐って…どういうこと!?
 俺、高野さんと会ったのは今日が初めてだよね!?」



断じて恨まれるようなことはしてないはずだった。
それなのにどうしてこんなこと…



「そうね、貴方と会うのは今日が初めて。
 でも私はずっとあなたを知っていた。」

「知ってた…?」


「だって、あの人が呼んだから。
 愛しそうな顔で…律って呼んだもの。」

「あの人…?」



訳が分からない。
高野さんが何を言っているのか俺には理解できない。



「だからね、あの人に捨てられた時、
 一番大事なものを奪おうって決めたの。」

「捨てられた…」



緊張で鼓動が早くなる中、俺は必死に考える。
そして1人の顔が浮かんできた。


「まさか…」

「わかった?」


俺の強張る表情に、高野さんは嬉しそうに笑う。


「君は…高野さんの…」

「そう、政宗の彼女だった女よ。
 いいえ…彼女ですら…なかったんでしょうけど。」


そう呟く高野さんの声は切なさに震えていた。


「私が政宗を好きになったのは大学時代。
 何度か関係を持った。」

「…」


それは俺の知らない高野さんの10年間の1コマ。
荒れていたという大学時代。


「私は政宗の1番になりたかった。
 けど、政宗と関係を持っている子はたくさんいた。
 それこそ男女問わずね。」


苦しい。
場違いな痛みが胸を突き刺してくる。


「それでも、政宗は誰か1人に固執なんてしなかった。
 だからある日、私は言ったの。」

「…なにを?」


「私を一番大切な人だと思って抱いてって。」

「っ…」


「そうしたらあの人は本当に愛しそうに笑って
 私を呼んだわ、『律』って。」



言葉が出なくなった。
かわりにぼろぼろと涙があふれ出してくる。


「それが最後。政宗は私とは会わなくなった。
 多分、あなたの名前を出したからでしょうね。」


零れ続ける涙を高野さんの指が拭う。
その指はひどく冷たい。



「私は悲しかった。例え何番目でも、政宗のそばに
 いられたらそれでよかった。けど、
 その心の内を暴いたから…私は突き放された。」


だから…そう一言呟いて高野さんは笑う。


「調べ上げた。政宗の事、そしてあなたの事。
 そうしたら今2人は一緒にいるってわかったの。

 だから、私は復讐のためにあなたを政宗から奪う。
 私を突き放したあの人に、消えない傷を作る為。」


高野さんはすっとある1点を指差す。
そこには三脚に乗せられたビデオカメラがあった。


「これからここで起こる事、すべてを記録して
 政宗の家に届けるわ。そうなったらあなたも2度と
 政宗のそばにはいられなくなる。」



びくりと身体が跳ねた。

ここで起こる事、その内容は想像できる。
そんなもの…高野さんが見てしまったら…


けれど、俺にはこの人を怒鳴ることはできなかった。


この人は、今でも本当に高野さんを愛していて
こんな歪んだ行為に走っているんだ。


自分の存在を認めてほしくて。

捨てられ、突き放された悲しみをわかってほしくて。



「そんなことしても…何もならないよ。」

「ええ、わかってる。」



俺の弱々しい忠告にも彼女は綺麗に笑った。

こんなことしても高野さんの心は
彼女に向きはしない。



「でももう遅いの。
 ねぇ、律。私と一緒に堕ちて。」


昼間あった時と同じ笑顔で、彼女は俺にそうお願いした。


でも…聞けないよ。
そのお願いは高野さんを傷つけるから。

高野さんが荒れたのは、俺が原因だって
横澤さんが言ってた。


高野さんはそれだけじゃないって言ったけど
もし、俺が勘違いせずに…

先輩のそばにずっといる事が出来ていたら
こんな風に思いつめる人を作ることもなかったかもしれない。



「…俺はどうなったっていいよ。
 だけど高野さんを傷つけるようなことはしないで。」

「それじゃ意味がないわ。
 私は政宗を傷つけたいの。」


「お願い…高野さんをこれ以上傷つけないで。」



ひどいことをした人かもしれない。
けれど、それは全部…俺のせいだ。

だから、憎むなら俺を。




その瞬間、ドアが勢いよく開かれる。
そして、そこには高野さんが立っていた。


「律っ!!」

「高野さん…」


俺を呼んだ高野さんは、
俺の隣にいる彼女の名前も呼んだ。


しかし、それは高野という名ではなかった。



「律を放してくれ。」

「駄目だよ。政宗は私を突き放した。
 私はひとりぼっちになった。だから、律を貰うの。」


懇願するような高野さんに、彼女はやんわりと微笑んだ。


「これ以上律を拘束するなら警察を呼ぶ。」

「だってこれはあなたの蒔いた種よ?」



その言葉に高野さんは俯く。
やめてくれ…それ以上その人を責めないで。



「お前が望むことを何でもする。
 だから律を放してくれ、頼む。」

「…それならここで死ねる?」



あっさりとした彼女の声に、俺は凍りつく。


「何言って…」

「わかった。その代り約束しろ。
 俺が死んだあとは律に2度と近づかないって。」

「ええ、約束する。」


そう答えて、彼女はカバンから
何か薬のようなものを取り出した。

おそらくそれは劇薬。


それを高野さんの方に投げて渡すと、
高野さんはためらいもなくそれを開く。



「だめっ!高野さん!やだ!!」

「律、愛してる。」



そう言って高野さんは笑った。
その顔には恐怖も何もなくて…ただ俺を愛しそうに見ている。


「いや…嫌です!2度と離さないって
 言ったじゃないですか…!」


俺の言葉に高野さんはただごめんと謝る。

こんなの…こんなのって…



「…茶番だわ。」


涙で前が見えなくなった頃。
不意に彼女がそう呟いた。


「心配しないで、律。
 あれは劇薬なんかじゃないから。」

「え?」


「ほんとに馬鹿ね、政宗は。
 そんなのじゃ本当に律を取られるわよ。」

「お前…」



ぽかんとする俺と高野さんを尻目に
彼女は俺の手の拘束をほどいた。


「怖い目に合わせてごめんね?」


俺にそう謝りながら、彼女は立ち上がる。


「羨ましかった。政宗に愛されている貴方が。
 だから会って話すまではとても憎かった。

 けど、会って話して…少しだけわかったの。
 あなたを想い続ける政宗の気持ちが。」

「高野さんの気持ち…?」


「律は私をぜんぜん責めなかった。
 ひどいことしている私に何も言わなかった。」


優しく微笑んだ彼女はとても綺麗だ。


「私は政宗に復讐しようとこんなことをしたけど
 そんなのじゃ誰かの1番になんてなれないよね。」


その言葉に俺は何も言えずに
口を噤んでしまう。

そんな俺から視線をはずし、
彼女は高野さんを見つめて告げる。


「政宗、警察を呼んで。」

「…呼べるかよ。」


入口で立っていた高野さんは
ゆっくりこっちにやってきて、
そして俺をぎゅっと抱きしめた。


「いいの?私はあなたの大事な人を拉致監禁した
 ひどい女よ?」

「俺だって酷い男だからな。お互い様だ。」


俺を抱きしめている高野さんの顔は見えない。
けれど、きっと悲しい顔をしているんだろう。

少しだけその身体は震えていた。


「高野さん…」


少し痛む手をその背中に回せば
高野さんの体重がぐっと身体にかかってきた。


「律…政宗をもう1人にしないでね?」

「…はい。」


彼女はそれだけ言うと、静かに部屋を出て行った。
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