セカコイ 長編

□ひきこもりっちゃん
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決定的な接触があったのは
それから数日後のことだ。 

相変わらず仕事しながらも意見があわない上司にいらいらしながら俺は壁に八つ当たりしていた。


それをみて、いつのまにか合鍵をつかって入ってきてた横澤が一息。

「あのなあ 隣人とくらいは良い関係むすんどけっていっただろ?」

そう こいつの協力なしには
俺と隣人はそこまでの仲で終わっただろう。

隣人がどうこうなんて 印象すっかり忘れてたこのころの俺は 寝転がりながら手をひらひらと振った。


「あーお前がしつこいからこの前あいさつにいったけど
無意味だったよ 片方はババアでもう片方は出てきやしねえ男」


こんないいかた よくないよな

わかってる

自分でもすさんでるなあとは思う。
でも 甘えてもいいだろう 不幸なルートを歩んできた自分なら。
世界で一番自分が可哀想だとまでは思ってねぇけど。
それでも大分不幸な方に分類されるんじゃねえか?

一口サイズにおそらく切られているんだろう野菜が煮えるにおいがする。
それと同時になる腹が、恐らくどうしようもなく生きている証拠なんだろうなあと感じた


「ここちょっと蹴ったくらいで聞こえるほどうすくねーよ壁」

俺が一人でぶつぶつと文句いってると
いつのまにかテーブルには食事がずらりと並んでいた。
こいつ甘やかしすぎだろ俺のこと。

「それでも耳がいいやつとかは気になるんだよ
あと物にあたって すっきりするのは一瞬だけ。よりいっそうストレスがたまるのは科学的に立証されてる。無意味だ
お前の壁への八つ当たりは


・・・いただきます」


どうやら横澤もここで食べるらしい。

一緒に食べたほうがいいか
せっかく作ってくれたんだし

のそりと起き上がって 食事に手をつけると
横澤が一瞬うれしそうな顔をした。









どこがいいのかね

こんな男。

















「出直しにいくぞ 隣人あいさつ」


「はあ?」


そうだ こいつの干渉はもはや親並ということを忘れていた。
俺に性的に見られたいんだったら
そういうのやめたほうがいいと思うけどな
恋人って親みたいって思われたが最後なんだぞ。


そんな俺の内心を差し置いて
横澤は買ってきておいてくれたんだろう
ラッピングされたお菓子セットのようなものをかばんから取り出した。




和菓子類だ

ババアは喜ぶだろうけど 男のほうはどうだろうか


ま いっか


「渡すだけじゃだめだ 一言二言くらい
世間話しとかねえと」


「へいへい」





ババアのほうは世間話がすきらしくべらべら話し始めた。
「お二人ともあれだね ホストみたいだね」
って
まあ 顔がいいからそう見えなくもねえのかな



「それにしても この前のタオルといい
ありがとうね
都会では近所付き合いなんてみーんなおろそかなのに
良い子もいたもんだねえ」

「良い子なんてもんじゃありません
基本ですよ近所付き合いは
しなくて当たり前ってなってる現代がおかしいんです」


横澤がそう答える。
こいつ怒鳴ってると完全に暴れ熊だけど
こうしてるとまじめな男だな。


「ああ でも1202号室の男の子いるでしょう
あの子は訳あって近所づきあいできないけどね
あの子も良い子なのよー
私が階段で重そうにしてると
荷物もち手伝ってくれてねぇ
すごいやさしそうな顔してるのよ」


ふと ひっかかった


やさしい


ああ  あのやさしい声


いってることはこのうえなく失礼だったのに



顔も やさしそうなのか



横澤と 普段はこういうことに興味なく聞き流すはずの俺が
同時に尋ねた。



「「訳あって とは?」」



「あの子引きこもりなのよー。



出れたとしてもマンション付近のごみだし場までね。

真夏だろうがなんだろうが
コートかぶって
犯人みたいにおどおどしてるわよ

だから犯罪者みたいで怖かったんだけど
やさしそうな子で安心したわ

きっとなにかいやなことがあったのね

がんばれとかでてきなさいとか
近所づきあいしろとか

あの子だけには いわないさね 私は」












衝撃、だった。

ひきこもり。ニュースでよく見るし
漫画でもよく見るし
その存在は知っていたものの。

俺でさえ引きこもりにはならなかった。
それは一重になんだかんだ支えてくれる人がいたから。




あの少年には 居ないんだろうか









引きこもりじゃ尋ねてもしかたねーよ
倒れてたって何の役にたちゃしねぇ
俺はそう言おうと思ったしそれを予感した横澤が口を開いたけど

こぼれた言葉は正直だった





「顔が、みたい ひきこもりの
男の」









知りたい。

知りたい











久々だ。 こんな好奇心。
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