素敵な貰い物♪

□見つめて、俺だけに微笑んで。
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にこっ


目が合う。


つっても、向こうは気付いてないんだけど。




俺はここにいるよ。






今まで男で俺に優しく微笑みかけてくるやつなんて居なかったから、こいつの名前は覚えた。


おだ…りつ?


人間の言葉はまだまだよく理解できない。したくもないけど、今は少しもどかしい。


とにかく、『おだりつ』。


お前はなんなんだよ。





ある持ち主はさぞ嫌味なやつだった。


俺は鏡の住人だから、鏡の中から

見たくもないのにたくさんの人間の顔を

覗いてきた。


うまれてからずっと。


分かるだろうか、他人に顔面ににゅっと顔を突き出されるあの不快感。


そのドラ息子の持ち主は、毎日似合ってもいない髪型を整えて

「よし」と得意げににんまり。


たまにそいつが女をお持ち帰りして、朝方その女がケバいメイクをこしらえて俺ににっこり。

ああ、うんざりする。





自己満足の笑顔。

俺からしたら、お前らみんな目も当てられない酷さだ。


それでも我慢していたのに、ある日。


「こんな汚れた鏡 もういらない」


そう告げられ、俺は業者に粉々に砕かれた。


ろくに拭き掃除もしなかったくせに。

笑える。


俺は破片の中、工場の天井の上にきっとある空を見上げていた。


胸がひりひりした。










長い眠りから目が覚めると、次の持ち主の顔がまたそこにあって。


いつになったら終わるのだろう。


壊されても、

ずたずたにされても痛くない。


ただ目が覚めると、違う鏡がすでに俺の居住区になっている。


感覚がまひする。


そんなことが幾度となくうんざりするほど続いた。


そして今。






「……」

「……」





邪気のない笑顔を向けてくるお前はなんだ。


デート前にどきどきしてる人間共の「壊してやりたい」笑顔じゃない。

心の奥底がほんのり熱くなる、そんな感じ。


…落ち着かない。









柔らかい布が


俺とお前の境界線をなぞって


時折 お前の穏やかな顔が覗く。



俺は鏡の住人歴も長くなり、この世の鏡を自由に移動できるようになった。


『おだりつ』は1枚1枚丁寧に鏡を拭きあげていった。


俺はその顔をなんだかずっと見ていたくて、つられて着いていく。


俺の視線に気付かない。


もどかしい、







そんなことを考えるのははじめてで。

いつも見えないおかげで、人間なんか馬鹿にしてたのに。








『おだりつ』が綺麗になったか、こっちをみつめてる。


ああ、


鏡の奥に


見えないけど確かに居るのに。









いつものように渡り廊下の鏡の中で待ち伏せしてたら、
『おだりつ』が下駄箱に向かうのが見えた。


俺はいつもみたいに通学路のカーブミラーを点々とつたって彼を追って


『おだりつ』の家へ。


本当はひとっ飛びで『おだりつ』んちに辿り着ければいいのだが、


今まで人間界との交流を絶って自分の鏡の中に引きこもっていたせいか



俺は方向音痴だった。




家に着くと、夏の暑さのせいか


さっそく風呂場へ向かう『おだりつ』。


……


残念ながら俺はこいつの部屋で待機する。

何故か脱衣所や風呂場に鏡がない、こいつの家。


しばらくして風呂から戻ってくると


そのままベッドに横になる。


そんなんだからいつも寝癖ひどくなるのにな。


寝顔を見ているとこっちまでなんだか穏やかな気持ちになってくる。




そうして夜に親に起こされた『おだりつ』は、眠たい目をこすってご飯を食べて勉強して。


小さな明かりの下、真剣な顔が照らし出される。



そんな顔もすきだな。

眠そうなのも、

困ってるのも、

嬉しそうなのも。


お前のものなら全部。


自分の中にこんな温かな気持ちがあったなんて、教えてくれたのはいつもお前だ。




これは悲恋なのかな。

住む世界の違う、触れない距離。


でも俺には奇跡のように思える。


この世界でこんなに愛すべきものを見つけた。





今夜も俺は神様にお願いする。


『おだりつ』の髪の毛をくるくるにしてください、って。


そうすれば翌朝目を覚ましたお前は、


いつもより長く鏡を見つめて必死に寝癖を直すだろう。


昨日よりもっと。

俺を見つめて。

俺だけに微笑んで。







「おはよー」


「はよ。…て律、髪すごいことになってるけど」


「うそ、まだ直ってないっ?」


「うん、爆発中。

…あ、そういえばさー。なんでいっつも鏡見るとき笑顔なわけ?」


「え、俺笑ってるかな」


「うん。あれ?自覚なし?」


「無意識だったかも」


「あの顔を自分に向けられたら大抵の女子はゲット出来んじゃないの。気ーつけろよー」


「…へ?」


「これだから天然たらしは…。

こんなんじゃ、もうすでに恋に落ちちゃった子もいるかもね」




end.
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