素敵な貰い物♪

□蒔いた種が咲かせる華は
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「あの、すみません。」

「はい?」


先生と打ち合わせを終えて会社へと戻る帰り道。

後ろから声をかけられて、
振り向いてみれば、とても綺麗な女の人が俺を見ていた。


「ファンシーベアって店に行きたいんですけど、
 ここからどう行けばいいんでしょう?
 この辺不慣れで迷っちゃって…」


本当に困ったようにそう話す女の人。

ファンシーベアといえば
丸川のすぐそばにある雑貨屋さんの名前だった。


「あ、それなら俺そっち方面行くんで
 案内しましょうか?」

「ほんとですか?ありがとうございます!」


俺が案内を申し出ると、
嬉しそうに微笑んで頭を下げてきた。


「いえ、もともと会社に戻る道ですし、
 気になさらないでください。」

「あ、お仕事中だったんですね…
 ほんとごめんなさい。」

「大丈夫ですよ。まだ少し時間に余裕もありますから。」


時間の余裕は嘘だったけれど、
申し訳なさそうに謝る彼女を放り出す事も出来ず、

俺はファンシーベアまで彼女を送り届けた。



「ありがとうございます!友達へのプレゼントで
 この店に可愛いものがあるって聞いて
 どうしてもここで買いたかったんです。」

「そうなんですか。確かにここには
 可愛いものが多いですもんね。」


よく校了明けに編集部に追加されるファンシーグッズは
ここからも調達されている。

何度か買いに来るのを手伝わされて
恥ずかしい思いをしたから、よく分かるのだ。


「雑貨とかお好きなんですか?」

「え…あ、いや…」


「ふふ、恥ずかしがることないですよ。
 可愛い雑貨とか好きな男の人っていいと思います。」


特に好きな訳でもないけれど、
話の腰を折るのもためらわれて曖昧に笑って見せた。


「あの…できればもう1つお願いがあるんですけど。」


そんな俺に彼女は大きく頭を下げてきた。


「え?」

「その…実は男の人に贈るプレゼントなので
 できたら一緒に選んでもらえませんか?」


驚くようなお願いだったけれど、
真剣な顔をして頼まれては断れない。


「えっと…俺でよければ。」

「ほんとですか!ありがとうございます!」


彼女は花が咲くような笑顔でそう言って、
俺の手をぎゅっと握った。


「私、高野っていいます。」

「たか、の…?」


「どうかしましたか?」

「あ、いや…俺は小野寺っていいます。
 小野寺律。」


彼女にだけ自己紹介をさせる訳にもいかず
俺も名前を名乗る。


「律さん、可愛いお名前ですね。」

「あ、あはは。」


それにしても、すごい偶然だ。
たまたま会った人が高野という名前だなんて。


そんなことを思いながら、
俺は高野さんとファンシーベアの中に入り、
友人に贈るというプレゼントを選んだ。



「ほんとに助かりました。」

「いえ、お役にたててよかったです。」


「律さん、センスあるから。」

「そんなことないですよ。」


「じゃあ、ほんとうにありがとうございました!」

「はい、それでは。」


お互いに会釈して、俺は丸川へ、
彼女は元来た道へと向かい歩き始める。


ポトリ。


しかし、そんな音が聞こえて
俺は足を止めて振り返った。

すると、地面に可愛らしい名刺入れが落ちている。


まさかと思って拾い上げ、
中身を確認すると『高野』と書かれた名刺が入っていた。


「今の…高野さんのだ。」


俺は慌てて、高野さんが戻って行った道へ走る。
しかし、その姿を見つけることはできなかった。


「どうしよう…コレ。」


名刺入れを持って茫然と立ち尽くすも、
これ以上会社に戻るのが遅れると何を言われるかわからない。


名刺を見れば、連絡先が書いてあったから
後で連絡しよう。

そう思って、俺は慌てて丸川へと走り出した。



***



「遅い!」

「す、すいません。」


会社に戻るなり、高野さんに怒鳴られて
俺は驚きつつも素直に謝る。


「3時には戻るって言ってたよな?」

「そうですけど…」


先生との打ち合わせを終えた後、
メールで高野さんに戻りの時間を聞かれたので
3時には、と返信していたのだ。


「今は何時だ。」

「…3時半です。」

「30分も遅れてるじゃねぇか。なんでだ。」


「それは…」


嫉妬深い高野さんの事だ。
俺が女の人の道案内、しかも買い物にまで
付き合っていたなんて知ったら何を言われるかわからない。


どうにか言い訳を考えていると、
高野さんがずんずんとこちらに歩いてきて

俺の手を乱暴にひっつかむ。


「いたっ…」

「ちょっと来い。」


そのまま強引に編集部から連れ出されて、
空き会議室へと押し込まれた。



「ちょ、なんなんですか!
 戻るのが遅れたのはすいませんけど
 これには理由が…」

「女と雑貨屋で買い物するのが正当な理由か?」


心底冷たい声に背筋が凍る。
まさか…見れられてた?


「答えろ、小野寺。」

「…っ。」


見られていた以上、変な言い訳は
この人には通用しない。

俺は正直に話すことにした。


「確かに遅れたのはそれが理由です。

 彼女、はじめあの店がわからなくて困ってて
 道案内して…それで男友達へのプレゼントの
 アドバイスが欲しいっていうから断りきれなくて…」


話し終えて、高野さんの方を見る。
しかしその瞳は怒りに染まっている。


「お前は頼まれたらほいほいと誰にでもついていくのか。」

「なっ…そういう言い方ないでしょ!
 ただの人助けです!」

「そういいながら下心があったんだろ。」

「はぁ!?」

「手までしっかり握り合ってたくせに。
 しらばっくれてんじゃねぇよ!」


高野さんはそう言って思い切り横の壁を殴りつけた。
そのすさまじい音と振動に心臓が止まりそうになる。


一体、この人はどこから見てたんだろう…
とにかく妙な誤解をしているのは明らかだった。


「あれは…深い意味なんて…」

「俺には手を握られただけで大騒ぎするくせに
 知らない女には平気で握らせやがって。」

「だから…!」

「とにかく、他のヤツとベタベタすんな。
 お前は俺のものなんだ。」

「お、俺がいつあんたのものになった!!」


その言い草が頭にくる。

嫉妬深いのはわかってるけど…
それでもそんな言い方をされる謂れはない。


「いちいち俺の事に干渉しないでください!」


湧き上がるイライラが抑えられず、俺は大声で叫んで、
会議室を飛び出して先に編集部へと戻った。



「小野寺、なにかあったのか?」


どかどかと戻ってきて乱暴に座った俺に
羽鳥さんがそう声をかけてくれる。


「すいません、なんでもないんです。」

「…ならいいんだが。」


気を使ってくれる羽鳥さんに心の中で謝りながら、
俺はこの苛つきを忘れるために
ただひたすら仕事に熱中することにした。



***


驚異的な集中力で仕事をこなし、
定時を少し過ぎたくらいに仕事を終えた俺は、

呼び止める高野さんを無視して会社を出た。


一気に駅まで駆け抜けたせいで
息が切れてしまい、壁に手をついて深呼吸する。


「なんで…俺がこんなにイライラしなきゃ
 ならないんだ。」


そうぼやきながら、とりあえず落ち着こうと
ホームで自販機に立ち寄る。


その時ポケットの中にある物を思い出した。



「あ…そうだ。こっちの高野さん。」


名刺入れを返すために連絡を
取ろうと思っていたことをすっかり忘れていた。


慌てて、携帯を取り出して
名刺に書いてある番号をコールする。


しばし呼び出し音が鳴った後、
高野さんは不思議そうに電話に出た。



『はい…?』

「あ、高野さんですか?
 昼間にお会いした小野寺です。」


『あ…律さん?あれ、でもどうして電話…』

「あの、昼間名刺入れを落とされていて、
 偶然気が付いて拾ったんです。
 すぐに追いかけたんですけど見つからなくて…」

『…ほんとだ!』


しばらく何かを探る様な音が聞こえた後、
高野さんは驚いたように答えた。


「それで、連絡先がわかればと、
 申し訳ないんですが勝手に名刺を拝見して
 お電話させていただきまして。」

『そうだったんですか…ありがとうございます!
 助かりました!』

「いえ、すぐに追いつければよかったんですけど。」

『そんな…落とした私が悪いんです。
 でもどうしよう…明日仕事で必要なんです…』

「そうですか…
 それなら今から届けにいきましょうか?」


『え!?でも悪いです…今日道案内や
 買い物にまで付き合わせたのに。』

「大丈夫ですよ。今日はたまたま仕事が早く終わって
 今からは帰るだけだったので。」


つとめて明るく告げると、高野さんは少し悩んだ後
それならお礼をかねてお酒でも一緒にどうかと言ってきた。

普通なら断るけれど
今日はもう一人の高野さんのせいで
イライラして飲みたい気分だったし


名刺入れを返して少し飲むだけならいいかと
俺は高野さんの誘いをOKしたのだった。
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