セカコイ 長編

□小野寺律=りっちゃん!
1ページ/9ページ


一章・災難は突然に





横長の黒板の前 手元のメモを伏せて
小野寺律はしゃべり始めた。


「1年の文学部に所属する
小野寺律です。 俺が今日話すのは

好きな作家について です。


俺の好きな作家は 織田 政宗です。

俺が彼の作品を好きになったきっかけは…」


みな、筆記しながら 今の発表の内容など聞き流し 次の自分の番のプレッシャーに息を静かにはいていた。

しかし中には熱心に聞いている者もいるのだろう

そのどちらに対してというわけではなく
律は教室全体にひびくように

ただただ彼の作品への愛を語った。



本当にすきなんです。

クラスでいじめられていたとき

助けてくれたのは友人でも先生でも親友でも親でもなく

彼の本でした

悪口が飛び交う中

彼の作品を手にし 読み始めた途端に
周りの雑音がふっと消えたんです

あの 飲み込まれる感覚

彼は宇佐見先生と違い文学賞をとっているわけではないけれど…。

俺は彼の作品を一番に評価します
大勢より個人に好かれる
依存される書き方なのだと

そう思います…。




終わりの合図
そしてまばらな拍手のなか
一人だけ拍手をせずに考え込んでいる女の姿があった。

その前の席。

同じ講義をとっていた杏は律をみてはしゃぐ。


「よかったよ〜 りっちゃん 感動しちゃった!」


「そうかな みんな眠そうにしてたけど」

そういい、席に着いた律もあれを聞いていたら自分だって寝ただろうと思った。
でもいい 社会にでたらそうはいかないが
今回の発表は単位がとれればそれでよし

ただ律は好きな作家について5分間
つっかえずに語り続けられた自分に満足していた。

律はいつもあの織田先生について語るのだ

今回の発表もそうだし

中学のころの卒業論文もそう

自由作文なんてあろうものなら度々彼への愛であふれている。

次は私の番かあ 緊張するなあ

そういってやわらかく笑った杏を見送ると
評価表に記入しようとしたのに
後ろからつめでつつかれた。


「?」

なにかまわす手紙でもあったのだろうか?

そう思い
振り返ると律は呼吸がとまるのを感じた。
なぜいままで気づかなかったのろう
とおもうくらい
美しい女の姿があったからだ。

長い黒髪で 冷静な目 そして目のやり場に困る真っ白な肌の胸


しかし発せられた声はあまりにも
予想外だった。


「あとで緑山図書館の橋の前にきな
話があんだよ」


「え??」

「にげんなよ 今日の帰りこい」


どう考えても 喧嘩うるソレだ。


「…」



律は引きつった笑みを女に返し

戻ってきた杏に わたしの発表どうだった?
と聞かれても
あいまいな評価しかできなかった。



まあ 変わり者の女なんて
大学では珍しくないのかもしれない。


無視しときゃいいって




そう思っていた時期が 小野寺律にもあった

のだが。







橋の前


律は女に軽く持ち上げられ

女が離したら川に転落する体勢をさせられていた。








なんでこうなった。



そう 逃げて帰ろうとしたら
連行されたのだ。


美少女に連れ去られる男の心配などだれもしない

しかも人通りもすくないこの場所

律は女を震えた目で見た。


「ねえ  うちと付き合ってくんない?
バカみたいな勘違いされないように先に訂正しとくが本屋とかじゃなくて
まじ 男女的につきあって」








ええと うん まあ







はい



としかいいようがないよね。





律の頭の中では 生きていたい? と聞かれていて
それに はい と答えたようなものだ。


今日は残念ながらエイプリルフールでも
うその告白がはやっている訳でもない。


そりゃあせっかくの大学生活

彼女つくろうとは思っていたけど!!




律の頭の中のラブストーリは一気に崩壊し
その先にいたのは


どすぐろい目をした
女だった。



「っじゃあ決まり! 今日からうちとあんたはカップルだ!」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ