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□となり
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ただ静かに、雨が降っている。俺は一人、雨の中立ち尽くしていた。水滴が俺の少し長い前髪から滴り落ちる。雨水が目に入らないよう片手を額の前にして、どんよりとした空を眺めた。


俺は雨が嫌いだった。雨に濡れるのも、湿気を含んだ空気も、暗い空も。まるで自分の醜さを思い知らされるようで。俺は雨が嫌いだった。


俺には双子の妹がいる。幼い頃に大人たちの勝手な都合で引き離されてしまった。俺はその妹が、千鶴のことが愛しかった。大事だった。何があっても、俺が守るって思ってた。


だけれど。


可愛い可愛い俺の妹。男と女というだけで、俺たちの扱いはまるで違った。俺だけが南雲家に引き取られ、千鶴だけが大事にされる。俺たちは双子なのに。


愛情と憎しみは表裏一体。俺の千鶴への想いは、いつしか憎しみへと変わっていった。出ることのできない暗闇の中。俺はただ一人で走っているようだった。



ふと、誰かの足音を感じた。気配でわかる。なまえだ。俺は振り向かないでそのまま空を見上げていた。彼女は俺の真後ろで立ち止まると、赤い傘を俺に差しかけた。


「風邪ひいちゃうよ。」


「……ひかないよ、これくらいじゃ。」



駄目!」


傘から出ようとすると、腕を掴まれた。とん、と彼女は俺の肩に寄りかかる。


「お願いだから、もう戻ろう?」


「…なんで?」


俺はその状態のまま、彼女の方を見ずに言った。


「薫、哀しい顔してる。私、そんな薫見たくないよ。」

彼女に言われて、自分の顔が歪んでいることに気づいた。どうしてだろう。…それはきっとこの雨のせいだ。

「…ねぇ、なまえ。お前は雨好き?」


「え?」


突然の話題転換に彼女は驚いているようだった。俺に寄りかかっていた彼女は頭を上げて、大きな瞳で俺を見つめる。俺はその瞳を見つめ返した。


「なまえは雨好き?それとも嫌い?」


「えっと……。好き、かな。」

「どうして?」


「…雨はいろんなものを洗い流して、綺麗にしてくれる気がするから。」


「ふーん。俺はね、嫌いだよ。雨なんか、俺を惨めにさせるだけだ。」


「…っ!そんなことない!」

俺の言葉に彼女は反駁した。その拍子に、彼女の手から赤い傘が落ちた。静かに地面へ落下したそれは、二、三度回って止まった。空から降ってくる雨は次第に弱まってきていて、少しずつ日の光が雲の間から射し
てきていた。


「そんなこと……ないよ。だって、ほら…。薫の前髪についてる雫。」


彼女は俺の頬に手をあてて言った。


「日の光があたってキラキラしてる。とっても……綺麗だよ。」


「なまえ……。」


「それにね、薫。私、薫が惨めだなんてそんなこと思わないよ。薫が今ここに、私の傍にいてくれて、すごくうれしい。」


「俺がいて…うれしい?」


「うん。とってもうれしいよ。」


彼女は俺に向かって微笑んだ。雨はもう止み、空を覆っていた雲はなくなっていた。日の光があたたかく、俺たちを照らす。彼女の頬を伝う水滴が、俺の目にも輝いて見えた。


「…そうか……。」


俺も彼女に笑顔を向けた。ほんのりと、彼女の頬は赤く染まる。俺は彼女の手をひいて、そっと抱き締めた。そのまま、彼女の耳元に囁く。


「俺、なまえのこと好きだよ。」


「へ?」


「ねぇ、なまえは?俺のこと好き?」


「な、なに?突然…。」


「いいから。答えてよ。俺のこと嫌い?」


「…………………す、…………き。」


消えそうなか細い声で彼女は答えた。耳まで赤い。


「ん……。」



は彼女の顎をひいて、首を傾けた。それに、ビクッと彼女は縮こまった。


「な……!今度はなに!?」


「俺はお前が好き。お前も俺が好き。ならこの状態でやることは決まってるだろ。」

「で、でも…!」


「嫌なら別にしないけど。」

「嫌なんじゃなくて…!えっと…。」


戸惑う彼女を俺はさらに翻弄した。


「…………。」


しばらくして彼女は覚悟を決めたらしく、目をきつく瞑って顔を上げた。俺はじっと彼女を見つめた後、そっと彼女の額に口づけた。それに驚いたように彼女は俺を見た。


「なに?口にして欲しかった?」


「…!そんなんじゃないもん!」

照れた彼女は俺に背を向けて、落とした赤い傘を拾いにいった。俺は、その姿を見つめながら彼女に聞こえないように呟いた。


「……ありがとう。」



さっきまで嫌いだった雨はどこか心地好いものへと変わったような気がする。それは、その理由は…。



ーだって隣には君がいるー

君がいるから俺は今ここにいるんだ。
 

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