退屈。

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『A組と勝負…』

図書館から広まった勝負の噂はすでに学園中の注目の的だった。
これを機に理事長は学園の偏差値UPを企んでいることは、想像に難くない。

『……その話が決まったということは浅野学秀が絡んでることは決定だ。あいつのことだ、殺せんせーのことに関して何か仕組んでいるんだろう』
「ふぅむ…しかし、E組には君がいるのにずいぶんと大胆な勝負ですねえ」

完全無欠と呼ばれる全国模試1位の全理がいることは、兄弟である学秀なら当然知っているはずだ。

『言ってなかったか。俺はE組の勝負の範囲に含まれていない』
「なにそれ?」
『制約の一つだ。試験や行事においてE組に加担すつことは違反になる』

つまり、同じ内容の試験を受けて全教科学年トップを取ろうとも、全理のそれがE組の勝利として扱われることはない。

「マジかよ…だいぶ頼ってたんだけどなあ」
「これは厳しいか?」
「逆に考えてみましょう、皆さん。E組の結果として扱われなくても全理君が今でもA組にいたままではほぼ100%勝機はありませんが、そうではない」
『学秀は確かに優秀だが、全ての教科で100点を取れるわけではない』
「つまり、勝てる隙はあるということです」

ヌルフフフフとしましまになる殺せんせーの言葉に後押しされ、生徒たちはやる気をみなぎらせた。
勝負の条件である賭けに、何を要求するかという話に殺せんせーは学校のパンフレットを取り出した。





試験当日。
普段は別校舎のE組も試験は本校舎で受けるため、全理も受験する教室への道のりを歩んでいた。
ふと顔をあげると、進む先に学秀が腕を組んで壁に背中を預けながら待ち構えていた。

「兄さん、今回こそは貴方に敗北を味わわせてあげます」
『…俺ばかり気にして背後から刺されないようにしろ』

闘志を燃やす瞳を向けられても全理は学秀の頭をぽん、と叩いて子供扱い。
まるで気にした様子はない。そんな兄に、学秀は背中を睨みながら奥歯を噛み締めた。

「みんな目の色変えちゃって」
『……カルマ、今回は気を抜くな』
「全理までそんなこといってんの?努力して勝つなんて当たり前。通常運転で勝つから完全勝利なんじゃん」
『………』

余裕の態度を崩さないカルマはなにか言いたげな全理に気づくことはなく、テストが始まった。
椚ヶ丘は進学校だけあって、授業を受けていれば解けるなどというレベルではない。
雑な口語体で答える英文、真意を理解し本質を答える理科、細かな知識量が試される社会。
どれもこれも今までのテストとは比にならない難易度だった。
問題用紙とにらみ合いをする者が多い中、全理は一人冷たい瞳で指を動かしていた。

二日間のテストを終え、採点後の答案が返却される。
同時にA組との対決結果の答えが出る。

結果として、3対2でE組の勝利。

国語と数学では学秀に取られたものの、各教科では五英傑にひけをとらない成績だった。
返却後、校舎裏の木の影にいるカルマは用紙を握りつぶしていた。
数学で期待されていたカルマの点数は85点。100点の学秀とは勝負にならない点数で、学年としても13位と大きく下がった。
賭けにも暗殺にも役立てなかったカルマに殺せんせーが背後から挑発させるかのような言葉を投げ掛ける。
カルマは触手を振り払ってその場を立ち去り、殺せんせーはカルマの後ろ姿に大きな才能をもつ者への好機だととらえていた。
本気でなくても勝ててしまうからこそ、本当の勝負を知らずに育つ、と。
カルマにとってはいい機会になったが、殺せんせーはもう一人の大きな才能をもつ者への懸念を感じていた。

「さすがですねえ全理君。全教科満点とは」

殺せんせーの言葉は烏丸ではなく、現れた全理に向いていた。

「今回どの教科もレベルが高く、マニアックな問題も少なくなかった。
君が今回の賭けに参加していれば触手5本は確定でした」

全理の順位は総合1位。学秀を上回る満点での順位だった。
嬉しそうな顔を見せることのない全理を殺せんせーはじっと見つめた。

『あの程度の問題で間違えることはない』
「でしょうねえ。私が作った問題をすべて解いてしまう君にとって、今回のテストもひどく退屈なものだったでしょう」
『……そうだ、退屈だった』

烏丸は暗い声に全理の顔を一瞥した。
普段の無表情とも言える顔に、暗い影が落ちているように見えた。
まるですべてに絶望しきっているような、そんな顔だ。

『あんたは挫折を知れば才能は大きく伸びると言った。
なら、俺はどうやって挫折を知ればいい』

"大きな才能"
完全無欠とまで称される全理に立ち向かえる才能などあるのだろうか。
烏丸は以前自分までもたじろいだことを思いだし居たたまれなくなった。

「君の最大の不幸は、その頭脳をもったことでしょうか…しかし、最大の幸運は、君がカルマくんと出会えたこと、そして君の弟くんがいることです。彼らは賢く、そして強い。きっとそう遠くない日に君と肩を並べることでしょう」

ふと目を伏せた全理は脳裏に弟とカルマを思い浮かべた。

『たしかに…今回のことでカルマにとっていい経験になっただろう…あいつは油断さえしなければより隙がなくなる。
だが学秀は……』

優秀な弟であるはずの学秀に対して言葉をつぐんだ。
烏丸は不審げに眉を動かしたが、殺せんせーはふむ、と考え込む。

「なにかありそうですが、彼が育つまでは先生が君の相手になりましょう。もっとも、君にとっては暇潰しにしかならないでしょうが」

世界中の国をからかうように手玉にとる化け物が暇潰しにしかならない、と自身を評価した。
その評価を下させた目の前の華奢な少年に、烏丸はひやりと汗をかいた。
もし、彼が世界を滅ぼそうと思えば、できなくもないのだろう、と。



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