退屈。

□04
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先日の理事長の訪問により触発されたのか、より人数を増やして生徒たちに勉強を教えている殺せんせー。1人につき3人から4人が付きっきりだ。
特に気合は入れてないという殺せんせーに、昨日の一部始終を知っている渚は気遣うような視線を送っていた。
中間テストを明日に控えた前日だというのに、全理は一人、教科書を開くこともなく淡々と読書にふけっていた。


「何張り切ってんだかなー、殺せんせー」

『……カルマ、余裕があるならこの辺りまでさらっておけ』

「何、全理まで殺せんせーみたいこと言って」


全理がカルマの教科書を開いて示したのは、中間テストの範囲を大幅に超えたところだった。
勉強は二の次だという生徒たちに、殺せんせーの顔つきが変わった。
グラウンドに集まれという言葉に、生徒達は渋々外に出るものの、全理は動く気配がない。


「いかないの?ちょっと面白そうだけど」

『いい。丁度佳境だ』

「……あっそ」


完璧であるが故に全理が興味を持つことは無いに等しい。そんな退屈な毎日の中で唯一暇つぶしとも言えるものが読書だ。
彼からその楽しみを奪うことはさすがのカルマにも憚られ、つまらないと思いつつも静かに教室を離れた。
ミシミシと悲鳴を上げる校舎に、ふと顔をあげると草だらけのグラウンドに竜巻が巻き起こっていた。あの超生物の仕業かと簡単に推測し、再び本に目を落とした。
戻ってきたカルマによると、クラス全員が50位以内の成績をとらなければあの超生物はここから出て行ってしまうらしい。


『それは困る、こんな面白い暇つぶしは滅多にないというのに』

「その割には余裕じゃん」

『俺が今更ここの問題程度で首位を落とすわけがないだろう。カルマ、最低でも5位には入れ。いい加減5英傑の顔ぶれにはうんざりしてる』

「はいはい」


全理はカルマと話すときのみ視線を本から外す。肩をすくめるカルマに向ける表情は相変わらずの人形のように無表情だが目元が柔らかくなることに渚は気づいていた。


『潮田、さっきから見ているが何か用か』

「えっ!あ、えと…!こ、ここの問題教えてほしくて…!」


顔はこちらを向かないまま見ていることに気がつかれ、渚は慌てて近くにあった教科書を開いて全理に差し出した。


「ここって範囲じゃないけどやるの?」

「え!あ、うん…ちょっと気になって…」


適当に開けて適当に言った問題、だなんて言えない渚は誤魔化すために乾いた笑いを零した。
それには当然気づいているであろう全理は何も言わずに問題の解き方について教え始めた。


『ここでxが√3になる。次に同じやり方でyの値を求めて連立すれば答えが出る』

「へえ…ありがとう全理君」


まったく範囲外だったため予備知識がなかったが、それでも全理の教え方は丁寧でわかりやすく、渚の脳内にすんなりと溶け込んだ。


後日、難関と言われる中間テストも今までの殺せんせーの指導によりスルスルと解いていくはずだったテストは、思わぬ伏兵によって撃沈させられた。
中間テスト前日になって範囲内容が大幅に変更されており、その通達がE組にまで伝わってなかったのだ。明らかな妨害行為に全理は苛立っていた。


「珍しく苛立ってんね」

『ここまで公平さに欠く行為は子として恥ずかしくなる。だから今朝は朝食に辛子を練りこんできた』

「(地味な嫌がらせっ)」


手元の解答用紙を前に落ち込みながらも心の中でのツッコミは忘れない渚。
一方、黒板の前でこちらに背中を見せている殺せんせーの後頭部めがけてナイフが飛んだ。
顔向けできないと嘆いていた殺せんせーが素早く避けた先に、銃弾が飛んだ。
ナイフはカルマ、銃弾は全理である。


「カルマ君!全理君!今先生は落ち込んで…!」

「オレ、問題変わっても関係ないし」

『右に同じ』


バサリ、と出された5枚組の解答用紙。500点満点中496点という高得点のカルマと、全問正解で500点満点の全理の解答に生徒は声が出ない。
50位以内であれば本校舎に復帰する権利が与えられるが、二人にその気はない。カルマも全理も暗殺者という役割に魅了されているためだ。
クラス全員が50位以内に入らなければ出て行くと言った殺せんせーを挑発し、まんまと期末テストでリベンジだと声をあげた。
汚い手で負けたにも関わらず、E組には笑い声で満ちていた。


「全理君!テスト前に教えてもらった問題、一番配点が高かったところ…教えてもらったおかげで満点だったんだ!ありがとう!」

『そうか、良かったな』


くしゃり、と渚の頭を数回優しく叩いた全理の顔は、渚からは見えにくかったが、微かに見えたその顔は人形と称されるものではなかった。



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