退屈。
□03
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月に一度ある集会でいつも通りE組が笑われている様子を画面越しにみる男性は椚ヶ丘の理事長である。
周囲に指をさされ、笑われる中でE組の生徒は俯いて地面を見ながら耐える中、たった一人、姿勢を崩さずただ前を向き続ける生徒がいた。
彼がE組を笑う周囲の生徒に視線を投げかける。本人からしてみれば、少し見ただけだろうが、それだけで十分だった。
彼の視線に気づいた生徒がハッとして口をつぐみ、それが波紋のように広がり、やがて体育館内は静かになった。
「相変わらず、影響力のある子だ…」
壇上にいる校長が気まずそうに生徒会へと準備を促す。
いつも無表情なのには変わりないが、E組に行ってからの彼は雰囲気がどこか変わっていた。
「……まったく、手のかかる…」
「は…?」
「何でも」
そう言う理事長の目は画面の向こうの全理を貫いていた。
生徒達は隠しカメラの存在を知らない。
そんなものがあると知れば、暴動が起こりかねないからだ。監視下にあると自覚するものほど窮屈なものはない。
『(……悪趣味なカメラは変わらず、か)』
しかし生徒たちという括りから、全理は除かれる。
決して視線がカメラにいかないように、気づいていると悟られないように自然に振舞う全理は後方で行われている賑やかな様子に小さく息を吐いた。
それに隣のやつが怯えたが、知ったことではない。
それよりも気になるのは、他のクラスが後ろへとプリントを回していることだ。
生徒会の代表がプリントの配布を確認したが、E組だけが回ってきていない。
磯貝が挙手して申告するも、陰湿な嫌がらせであることは明らかだった。
『(…くだらない)』
今ここにいないカルマが羨ましい。
共にサボろうと誘いを受けたときは二つ返事で引き受けたかったが、そうはできない理由がある。
早く立ち去りたいと思っていると、目の前に紙が現れた。
手で掴んで見てみると、それはよく出来た手書きのプリントだった。
殺せんせーがお得意のマッハで作ったものだろう。
戸惑った顔を見せる生徒会にE組の表情も明るくなって、顔を上げて前を向いた。
喜ばしいことだが、これを良く思わない輩が多くいる。全理は視界の端に映る隠しカメラを一瞥した。
「おまらさー…ちょっと調子のってない?」
『……』
煩わしい集会も終わったことだし、とっとと退散しようと思っていると、自販機のところで潮田渚が男二人に絡まれていた。
自販機に用があるため目障りなのは間違いない。一歩踏み出すと、殺せんせーが肩に手を置いて引き止めた。なぜシマシマ…。
「全理君も手は出さないでください」
『……わかった』
E組でも気弱な方に分類される潮田がどうやってあの二人を押しのけるのか、興味がないわけでもない。
胸ぐらを掴まれて男が言った言葉は日常茶飯事に言われるワード。しかしE組では意味合いが違う。
そんな言葉を易々と口にするそいつらに呆れたと同時に、背筋がゾクリとした。
「殺そうとしたことなんて無いくせに」
クスリと笑って告げた潮田の目は怪しげに光って、余計に恐怖を煽らせた。
今のは…殺気…。
『面白い…』
久しぶりに心が踊る。
殺せんせーも全理を引き止める理由はないため手を退けたので止めた足を動かした。
「なんだよあいつ…!って!」
「いってーなオイ、…!?」
潮田が去った方を振り向きながら歩いてきたため前を向いていなかった二人は当然ながら全理にぶつかった。
本校舎に来て珍しく機嫌がいいが、台無しだ。
『邪魔だ』
「ひ、ひいっ!」
「す、すみません浅野さん!」
脱兎のごとく走り出した二人は既に意識の外だ。
全理は画面の向こうにいるであろう男のことを考えいてた。
授業に出る気にもなれず、既に馴染み深い分厚い本を読んでいると推測通り、あの男がやってきた。何かを企んだ目をして。
『…潮田、何をしてる?』
「あ、いや…」
教員室の前で隠れるようにして立っていた渚に質問が投げかけられたが質問したはずの全理は答えを待たずに教員室の古い扉の前に立ち、その戸を何の躊躇もなく開けた。
前触れもなく開けられた戸に烏間やイリーナはもちろん、知恵の輪に絡まる殺せんせーですら驚いたが、理事長だけはわざとらしく目を見開いただけだった。
「おや。お前から来るなんて珍しいね」
『…旧校舎に何かご用で、理事長』
「息子の様子でもと思っただけだよ」
「にゅや!?息子!?」
「知らなかったの、殺せんせー…」
有名な話の割には殺せんせーは知らなかったらしい。
「約束は覚えているね?この環境ではいくら全理とはいえ首位をキープするのは難しいだろうが」
『俺を誰だと。そういう話は首位から外れたときにするものだ』
「……まったく、遅い反抗期だとでも思っているよ。それでは、また」
貼り付けたような笑顔を浮かべて去った理事長を見ることさえしなかった全理は気だるげに息を吐いて教員室を出ようとした。しかしそれを殺せんせーが引き止めた。
「全理君。約束とは?」
『……それを聞いて何になる?』
「学校生活に関わることなら把握しおきたいことです」
『………』
数秒考えた後、全理は安っぽい回転椅子に腰掛け、足を組んだ。
その姿は先ほどの理事長そっくりだった。
『約束ではなく契約だ。
俺がA組からE組に移籍する際に、俺と理事長とで交わした。いくつかの制約のうち、一つでも欠かせば強制的にA組に戻らされる。それが契約』
「…なぜそこまでしてE組にこだわる?こんな悪環境をわざわざ好むとは…」
『E組にはカルマがいる。最大の理由だ』
それは最大というにはあまりにも小さな理由で、その場にいる誰もが目を点にした。
もう用はないとでも言うように、 全理は立ち上がって立ち去ろうとする。
「カルマくんとはどういう関係ですか?」
『……ただの悪友だ』
渚は、いつも無表情な彼が少しだけ笑ったように見えた。
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