退屈。
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E組は本校舎から1kmも離れた山奥に建てられた旧校舎にある。
そこに行くためには山道を登るしかなく、E組の体育教師を務める烏間も例外ではない。
今日もE組に行くために山道を登っていると、自分よりも先に生徒が歩いていた。
登校するには随分と早い時間だが、その生徒は空を見上げながら転ばないように器用に歩いていた。
「上を見ながら歩くな。山道で転ぶとシャレにならん」
『…烏間さん』
「…ここでは一応教師なんだがな」
『そうですね』
この生徒…浅野全理はそうそう簡単に教師のことを先生とは呼ばない。
"完全無欠"と呼ばれるほどの天才であるためか、この瞳は大人の心を見透かしていると錯覚してしまいそうになる。
『今日、新しい先生が来るそうですが』
「…どこでその情報を」
『その辺で少し。プロの暗殺者をわざわざ呼び寄せるあたり、国も必死ですね』
このこの軽口をたたきながらも浅野全理は始終無表情だ。
先日の授業で発揮した中学生とは思えぬ頭脳といい、機密情報を簡単に調べる情報力といい、…同じ人間であるが故に、あの超生物よりも恐ろしい。
『誰が来ようと構いませんが、中途半端なプロだと痛い目見ますよ』
「それは予言か?」
『ただの子供の戯れ言です』
失礼します、と浅野は教室へと向かった。
いつの間にか、旧校舎に到着していた。
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『ビッチ姉さん?そんな名前だったか』
「イェラビッチお姉様ってながいからさ。全理はどこ行ってたわけ?」
『サボり』
イリーナの職務放棄で自習の中、全理はペラリと本をめくった。
イリーナの態度も特に気にしている様子もない二人に渚は相変わらずだと苦笑した。
生徒を下に見る言動をとるイリーナを、全理は本の影から探るような目で見ていた。
五時間目の体育時、殺せんせーを殺そうとしたが返り討ちにあい、昔ながらの体操着にさせられたイリーナのことなど、生徒達はすでに眼中にない。
教室に戻ろうとする殺せんせーをイリーナはにらみつけていた。
『烏間さん』
「だから教師だと…何の用だ」
いつも通りの時間に烏間が出勤すると、校舎にもたれかかる全理がいた。
『イリーナ・イェラビッチに教師と殺し屋の両立は不可能だ。痛い目をみる前に変えたほうが懸命だ』
口調の変わった全理。いつも無関心で、世界を映さないその瞳は今は烏間を貫いていた。
そのプレッシャーたるや、まるで格上の相手と対峙しているときのようだ、と烏間の頬を冷や汗が流れた。
「まるで監視役だな。何を企んでいる?」
『別に。ただ、学校生活を楽しみたいだけだ』
それだけ言って、全理は早くも校舎に入っていった。
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イリーナの授業では、やはりというか授業する気はさらさらないようだ。腹立たしげにタブレットを操作しているイリーナに対してカルマは愉快そうにしていた。
磯貝が殺せんせーとの交代を申し出るが、イリーナは暗殺よりも授業をとる生徒たちを小馬鹿にした態度を取る。
そして彼女は禁句を口にした。
"落ちこぼれだから勉強しても無駄"
『(終わったな)』
冷めた目でイリーナを見やる全理は、学級崩壊しつつある教室の外で頭を抱えている烏間に視線を送った。
その冷たい視線を受けた烏間は何も悪くはないのにギクリと肩を揺らした。
「(一体何者なんだ、あの子は……)」
たかが15歳に視線を受けただけで、心臓を掴まれているような錯覚が起こる。
軍にいたころでも、こんなことはなかった。
今は隣の赤羽業と会話している全理は、やはり無表情だった。
「全理は今度の集会どーすんの?」
休み時間に暗殺の腕を磨くため、烏間直伝の特訓を行う生徒たちを、木陰から眺めていたカルマは、横で本を開いている全理に尋ねた。
『出る。それも契約のうちだ』
「ふーん。それよりさ、ビッチ姉さんどうなると思う?」
『烏間さんに諭されて教師と殺し屋の両立を続けるに5万』
「やっぱり?全理と賭けしても面白くないなー。てか、最近烏間せんせーと仲良すぎない?」
面白くなさそうに尋ねるものの、全理は本から視線を外さない。
それが余計に面白くなく、カルマは本を取り上げた。
取り上げられた全理はいつもの無表情に少し呆れを混ぜて溜息を吐いた。
『……あの人の身体能力には興味があるが、それだけだ。気になるなら今日はそっちに行くが』
「ふーん……まあいいけど」
『なら本を返せ』
「やだ」
傍から見ればじゃれあっている二人を、烏間は校舎の中から見ていた。
イリーナはすでに教室でなんとか生徒たちと馴染むことができた。
サボりに分類される二人の行動は、教師として嗜めるべきなのだろうが、烏間は今は全理にはなるべく近づきたくなかった。
「(あのタコの触手の上で踊らされているようだとも思ったが…彼のあの忠告はタコと同じ理由でイリーナを留めるために……考え過ぎか)
浅野君」
『何か』
「忠告の礼を言う。ありがとう」
『礼はいりません。あれは自分のためにしたことでもありますから』
イリーナが教師と殺し屋を両立させること、つまりここに留めることが全理自身のためになる。
烏間は意味がよくわからなかった。
分からないついでに、かねてより疑問だったことを口にした。
「君は何故E組にいる?君の父親は…」
「烏間せんせー。あんまりこいつにちょっかいかけないでくれる?俺のだから」
「は…?」
「じゃねー先生」
カルマが背を向けると、全理は烏間を一瞥してカルマを追った。
その背中を烏間はただ呆然と見ているだけだった。
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