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人は"愛する"ということをどうやって知る。

親から愛されることによって子は誰かを愛することを知る。

では、親から愛されなかった子はどうなるのか。




無邪気とも取れる笑顔を浮かべて、その人は口を開く。その言葉はナイフのように彼らの心を切り裂いて、切り裂いて、切り裂いて。

「あーあ、今日も止められなかったね、"慊人"」

("アキト"……もうやめて…!これ以上みんなを傷つけないで…っ!)

「傷つけないで?笑わせる。傷つきたくないのは自分のくせに」

冷たい氷のような目をしているその人。同じ顔でもまるで別人。ナイフのような言葉は的確に相手の急所に突き刺され、じわじわと圧迫されていく。
私である"慊人"と、彼である"アキト"は同じ体を使う二つの人格である。

(アキト…っ!)

「あーうるっさいなあ」

楽しそうにつぶやいた言葉にカッと熱くなる慊人にアキトは鬱陶しそうに顔を歪めると、眠りにつくように目を閉じた。
しばらくして目を開けて身体を起こしたのは"慊人"で、アキトと同じ瞳からぽたぽたと涙を流した。
畳に敷かれた布団の上で、一人溢れる嗚咽を抑えようと口を手で覆う慊人。
そこへ、ぴったりと閉じられた襖の向こうから、入室の許可を求める男の声がした。

「慊人、入るぞ」

「……っ、は、とり…!」

「また泣いてるのか。あまり泣くと熱が上がるぞ」

目を泣き腫らす慊人に特に驚くこともなく、はとりは流れるように診察を始めた。
アキトが部屋に戻ると慊人へと意識が移るのはいつものことだった。
はとりに背中を優しく叩かれていると、慊人の涙は徐々に引き、霞がかったような頭は昔のことを思い出させた。
しがみつくようにはとりに凭れていた身体をずらし、はとりの左目に優しく触れた。

「………まだ、痛い…?」

「大丈夫だ。気にするなと言っただろう」

「…っ、ごめん…っ!ボクのせいで…こんな…!」

はとりの言葉に首を振り、止まったと思った涙が再び溢れ出した。
はとりの左目はかつてアキトが傷つけたものだ。
はとりの頬に涙の滴がポタリと落ちる。
はとりの脳裏に、目にも心にも消えない傷を負った日のことが昨日のように思い出されていた。

草摩佳菜との結婚を慊人に告げた日。
アキトではなく、確かに慊人に告げた。驚いたように目をぱちくりとさせる慊人だったが、すぐさま様子が一変した。
はとりの目を傷つけ、紫呉に押さえらるアキトは声を張り上げて草摩佳奈に罵声を浴びせた。
その後、紫呉から慊人の様子を聞くと、すぐさま意識が慊人に戻り、手に残った血に茫然自失状態だったという。自分がやったのかと紫呉に問う慊人は、否定する紫呉の言葉に首を振った。

「アキトはボクだ……!ボクがアキトを止められなかったから…!」

それからは手のつけようがなかったとはとりは聞いた。食事もしない、睡眠も取らない、ただただ祈るように手を合わせて震えていたと。
たまにアキトが出てきて食事と睡眠をしていたようだが、それも徐々に少なくなり、はとりが慊人の部屋を訪れるまでそれは続いた。
慊人ははとりの傷を見つめる度に泣き出してしまうが、はとりとしては自分の傷で慊人が泣いてしまうことの方が嫌だった。

「もういい。また熱が上がるぞ」

「……はとり、寝るまで、側に……」

お願い、と滲んだ黒水晶の瞳に懇願されるのが滅法弱いはとりは頷くしかない。
布団に体を横たわせ、慊人の手が弱々しくはとりの手にふれた。
慊人が寝れば、この手はすぐにでも外せるだろう。あえて力を抜いているのだとはとりは知っている。
慊人と繋いだ左手はそのままに、右手は慊人の額に置いた。

「お前が寝てもしばらくいる。起きてもすぐに知らせるように言付けておく。だから、安心して寝ろ」

前髪をさらりと鋤く手に、慊人は微睡みの中に沈んでいった。




二人の神様。




(慊人とアキト)
(1つの体に宿る十二支と1匹の神様)

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