真選組滞在記

□何事も最初が肝心なので多少背伸びするくらいが丁度よい
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 彼女の朝は早い。
 日が昇ると共にその部屋の窓は開け放たれるも既に彼女の姿は部屋になく、使用人から書類の入った鞄を受け取り、大きめの帽子を目深に被って、屋敷を後にする。

 朝食はオープンカフェで、一枚のトーストと一杯のコーヒーを流し込みながら、携帯端末を片手にスケジュールのチェックとメールのチェックから始まる。

 十時の出社時間に間に合うようにと、九時半にカフェを出たところで彼女のケータイがなる。
 一瞬うんざりしたような顔をした彼女は、しかたなくケータイをとった。

「松平様、おはようございます」

 相手は得意先なのでにこやかに返しつつ、駅へと向かう。
 江戸市中の移動は鉄道を使った方が早いのだ。

「おはよ〜、アルトちゃん〜」
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「そんなかたっくるしいのはいいからよぉ、おいちゃんとデートしない?」
「冗談も大概にしないと抹殺しますよ、クソジジイ」

 にこやかに毒を吐く彼女に相手も慣れているのか、さらりと交わされてしまう。

「今日もお仕事かい?」
「ええ、これでも取締役を任されておりますから」
「若いうちからそんなに眉間に皺寄せてると、くせになっちゃうぞ〜」
「容姿に口出しされる覚えはありませんよ。
 ところで、そろそろ地下に入るんで切りますよ」
「あいかわらずつれないねぇ」

 電話に気を取られていて気がつかなかったが、自分の背後から聞こえた二つ目の声にはっと身構える。

 少し見上げる男の姿は逆光を伴い、少し眩しい。
 目を細める彼女の手を男が大きな手で掴む。
 が、騒ぎ立てるどころか彼女は、アルトは深く息を吐いた。

「松平様」
「今日も威勢がいいねぇ、お嬢さん」

 ここまでわざわざ来たということは、それだけの用だと言うことだ。

「社に連絡をいれさせてください」

 アルトの素直な返答に、松平片栗虎はにやりと口端を挙げて笑ったのだった。

 松平片栗虎。
 幕府直轄の警察庁長官。
 非常に過激な性格で、仕事の際は艦隊を引き連れて全てを塵と化して帰っていくことから「破壊神」の異名を持つ。
 警察庁長官とは到底思えない無茶苦茶な言動をする。
 仕事よりも年頃の娘の栗子やキャバクラの方が大事で、愛娘のことになると見境がつかなくなる。

 同乗した車内で、アルトは努めて事務的に訪ねた。

「本日はどういったご用件で」
「だから、デートだっていったじゃねぇかよぉ」
「奥様にお電話してさしあげましょうか」

 冷静に返すとそれだけは止めてくれと懇願し、やっと目的を教えてくれる。

「実は俺が預かってる真選組についてなんだ」

 武装警察、真選組の名はよく聞いている。
 江戸の治安を守る武装警察で、局長の近藤勲・副長の土方十四郎・一番隊隊長の沖田総悟を中心に数十人で形成している。
 全十隊が存在し、一つの隊には十人前後が所属している。
 幕府に属しているので実力・実績・権力もある。
 戦闘時には刀のほかバズーカや手榴弾などの兵器も用いられており、犯人逮捕のついでに暴行や破壊活動も多く、世間からの目も冷たい。
 そのためによく「チンピラ警察24時」と例えられる。

「あんたに真選組の内情を探ってほしいんだ」
「探偵を雇ってください。
 私は本業が忙しいので、これで失礼いたします」

 車のドアに手をかけようとすると、慌てて抑えられた。

「そんなこたぁわかってんだ。
 だが、あんたの腕を見込んで頼みてぇ」
「腕も何も、私は仕事しか取り柄のない人間ですから」

 ますます眉間に皺を寄せる彼女を松平は呆れた目で見ている。

「まだ根に持ってんのかい」

 返答がないのが答えで、がっと引いたドアの取っ手は、カチリと閉まったままだ。

「ありゃあ冗談だろ、冗談。
 あんたほどの才なら、まずあいつらと張り合えるってぇもんだ。
 アルトの洞察力であいつらが間違えないように引っ張ってやっちゃあくれねぇか」

 間違えるもなにも、このご時世であの組織自体が間違いではないだろうか。

「松平様」
「なんでぇ」
「恩はございますが、よもや盾に取ろうとはお考えではございませんね?」
「んなことするわけねぇだろ〜。
 おりゃあ、あんたの」

 とん、と胸に拳を当てられる。

「芯の強さが気に入ってるんだぜ。
 嫌われるような真似できるかい」
「では、この話はなかったことにいたしましょう」

 再び降りようとした彼女だったが停車の反動で体勢を崩し、松平に体ごとぶつかってしまう。

「、もうしわけありませんっ」
「いいっていいって。
 それより、ついたみたいだな」

 外から開けられたドアの向こうに少し古びた正門が目に映る。
 右側には古い木札に「真選組屯所」と大きくかかれた看板があった。

「松平様、私はまだお話しを受けておりませんが」
「受ける受けねぇは、あいつらに会ってからでもいいじゃぁねぇか」

 続いて車を降りた松平公はさっさと門をくぐって行ってしまう。
 ついてくるかついてこないかも自由にしろと言っているのだ。
 勝手にここに連れてきてくれた割に、親切なんだか不親切なんだかよくわからない。

「ふっ」

 でも、あの人は嫌いじゃない。
 めちゃくちゃでぶっきらぼうだけど、情に厚い人だ。
 そんなところに自分は惹かれるのだろう。
 この話、断れないかもしれないなと小さく笑いながらアルトも門をくぐった。



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