RE-TURN
□赤い雨の降る日
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* * *(総悟視点)
傘が嫌いなのだと言っていた。
だから、雨が降るといつも彼女は真選組屯所へと訪れる。
「総悟〜総悟〜」
庭先から猫を呼ぶように俺を呼び、俺は用意しておいたタオルを持って、彼女を迎え入れる。
彼女は上機嫌に屯所の湯屋へと入ってゆく。
それが、いつものことだった。
「またですかィ、美桜さん」
風呂上がりに俺の部屋の前で座り込み、タオルを被ったまま空を見つめてぼーっとしている彼女に声をかけると、生返事が帰ってくる。
この人はいつもそうだ。
俺どころか土方の話だって無視する人だ。
だから、この程度は当たり前のことだ。
「総悟、雨が赤い」
ぎくり、として彼女を振り返る。
美桜さんは空を見つめたまま微動だにしていないし、タオルで表情も隠れて見えない。
「何言ってるんでさァ」
「あは、そうだね。
何言っちゃってるんだろ」
乾いた笑いを零し、美桜さんは空を見るのを止めた。
肩が小さく震えているのが見える。
ずっと昔はとても大きく見えていたこの人が、今はとても小さく見える。
ただの女のようだ。
「美桜さん」
おそれながらかけた声に大きく肩を震わせ、彼女は再び空を見上げた。
「よく降るねぇ」
「……今日は泊まっていかれるんですかィ?」
ある理由により一月ほど美桜は屯所の大部屋で寝起きしていた。
その理由がほぼ解消されたということで、今は恒道館へ寝泊まりしている。
それでも時々ここへきていつのまにやら大部屋に寝ていたり、万事屋のトコにもちょくちょく行っているらしい。
だが、雨の日はいつも屯所へ来る。
近藤さんの部屋で眠るのだ。
「そうだねぇ。
追い出されなきゃいるかな」
返事は以前と変わらない。
あの頃と、何も。
「たまには俺の部屋なんてどうですかィ?」
雨の音がやけにうるさい。
美桜の声が聞こえなくなりそうだと思ったが、静かな声は意外に良く通る。
「そうだねぇ。
近藤さんに追い出されなくて、退くんにも追い出されなくて、土方にも追い出されなかったら、ね」
「その無茶苦茶な順番はなんでィ」
何故近藤さんの次が山崎なのかが解せない。
「無茶苦茶じゃないよ。
山崎は……そうね、裏切らないから、かな」
「俺らだって、美桜さんは裏切りゃしねぇさァ」
「それは、わからないよ。
その辺は退くんもよくわからないかも。
あいつは……なんで……」
再び雨を見つめて物思いにふけっている美桜にそっと近づき、背後から抱きしめる。
顔を覗き込んで、声をかけようとして、かける言葉を忘れた。
雨を見ていた美桜さんは声も出さず、肩も震わせずに泣いていた。
「……美桜さん」
「雨が、赤いよ。
総悟」
美桜さんはただ繰り返した。
俺にはただ抱きしめていることしか、できなかった。
この人の闇は深すぎて、誰にも辿り着けない。
「おぉ!?
総悟と美桜、仲良し?」
戻ってきた近藤さんがタオルで雨を拭きながら問いかけ、すぐに顔を険しくした。
「総悟、悪いがあったかい茶を持ってくるように、誰かに頼んでくれねぇか」
「わかりやした」
俺が離れると、近藤さんはそっと美桜さんを抱き上げ、部屋へと戻っていった。
俺も静かに後を追いかける。
「総悟」
一度振り返った近藤さんはしかたねぇなと言いながらついてくるのを許してくれた。
部屋に戻ってから、やっと俺は美桜さんが静かに眠っていることを知る。
近藤さんは腕に抱いたまま、胡座をかいて座った。
「近藤さんは知ってたんですかィ」
「誰にも言うなって言われてんだがなぁ」
「教えてくだせィ」
美桜さんの髪をゆっくりと撫でる近藤さんの手は優しく、その眼差しは我が子を見るようなものだった。
雨が降ると彼女は赤い雨の降る夢をみる。
大切な人の命を奪ったのが自分だと苛んでいるのだと。
「拾ったときにはもうこんな状態だったが、美桜は誰にも話さないでくれと言ったからな」
慣れているのだと勝手に思っていた。
俺たちと同じく、斬ることに躊躇う姿を見たことは一度もない。
「この調子じゃあ、おそらく万事屋にも言ってねぇんだろ。
ったく、俺がもしいなくなったらどうするつもりなんだか」