B-girl
□7)テニス勝負!
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(菊丸視点)
あの一瞬の動きを見たとき、何故かピンときた。
あの女の子は、オレと同じだって。
別に、性格が同じってことじゃなく、あの動き方がね、ほら、オレとよく似てると思わない?ーーて、思わないよな。
オレだって、いつもなら、こんな風に思わない。
カタチの無い動きを彼女も持っていると思った。
俺とおんなじ。
テニスコートで振りかえった時、初めて目が合った。
つまんなそうに見せていても隠せない、深い深い色の向こうで笑っている。
これから何が起こるかを楽しみにしているのだと、分かる。
桃と同じ学年の、ひとつ年下の女の子。
風に揺れる髪がさわさわ聞えてきそうで、オレもわくわくしてた。
「フィッチ?」
「ラフ」
声が鳴る音、というのがあるなら、今の彼女のこそ、そうだというべきだろう。
風に乗って、辺りの空気を飲みこみ、自分のものにしている。
くるくる回るラケットをじっと見つめるその視線が一瞬、コートの外に向けられる。
オレもそれとなくそっちを見ようとしたら、先にラケットが倒れる音がする。
乾いた音がする直前はラフ(裏)だったのに、ネットに軽く触れただけで、それが反転した。
「オレ、コート!」
「え!?」
驚く声を背に、ボールを放る。
それをしっかりと受け止める手はとても小さく、片手じゃ全部は握れない。
零れたボールを軽く跳ねさせ、もう一度今度は掬うように拾う。
「サービスはあげるよ」
ちょっとしたハンデのつもりだった。
だってさ、オレ、レギュラーだし。
彼女はテニスを出来るかもしれなくても、やっぱ差があるじゃん。
遊ぶぐらいなら別に、ね。
「…マジですか」
小さく呟く声音は努めて絶望的だけど、その口許、端っこのほうだけわずかに上がっているように見える。
「オレが勝ったら、マネージャーやってくれる?」
返答は言葉でなく、ただ笑み。
力無い、諦めの強い微笑。
しかし、そこにも楽しさの影が潜んでいる。
ねえ、もしかして自分で気がついてなかったりするのかな。
今、ものすごく愉しそうだよ。
数回ボールを弾ませ、ひたりとこちらを見つめてくる。
高く上がるボールを打つ寸前、ほんの一瞬止まったように見えた。
動きに合わせて、飛んで、すぐ後。
ボールは軽い音を立ててフェンスにぶつかる。
ほかのどこにも当たっていない。
なのに、彼女は笑っていた。
「あはは、失敗。
失敗」
うつむき加減に笑う姿に、目を止める者は少ない。
「せめてコートに入らないと、ね」
ざわめきの中に、小さく真剣な呟きが混じる。
笑いを止めているのはレギュラーと、1年の越前とかいう奴だけだ。
再度、ボールを弾ませ、膝を落とす。
それを打つ姿は、先程の失敗が間違いではないのかと思うほどに綺麗なフォームだ。
なにをどうしたのか。
ボールはまっすぐに俺に向かっていき、その手前で跳ね上がった。
ーーこれで初心者は、ないっしょ。
「わっ!?」
とっさに構えたラケットに、偶然そのボールは当たったけれど、その音は見た目の勢いに反して、なんとも気の抜けるような極軽い音。
当然のように勢いの足りないボールは、1メートルも満たない少しばかり先の地面に転がった。
偶然か、まぐれか。
だがしかし、明らかにこの2球目は本気を混じらせている。
威力はないけど。
「あ、はいったっ」
楽しそうに笑う晴樹を、全員が不思議そうに見る。
そして、あっけにとられている俺を見て、ボールを見て、また晴樹に視線を戻す。
すでに彼女はこちらを見ていないけど。
「リョーマ、入ったよね!?」
身体ごと、越前とかって1年に向き直ってる。
今、試合してるのは俺なのに、どうして俺じゃなく、そっちを見るの。
ちりりと胸に痛みが走るのを、人事の用に思う。
「…相変わらず、ラケットだとパワーないよね」
「うるさい」
皮肉を込めて返されたのに、笑顔で応じる姿はどこか懐かしい感じを覚える。
乾が言うように、やっぱり見たことあるのは球技大会、なのかなぁ。
そんで、相変わらずっていうことは。
普段、あの1年とテニスしてるってことで。
「…へへ、手加減はいらないってことか」
こちらに戻された笑顔は、すでに作り物めいた部分が外されていて、ヒマワリみたいだ。
太陽に向かって輝くのでなく、俺に向かって輝く地上の太陽。
「最初っからそんなのないんじゃーないですか?」
「もっちろんっ」
俺の放つサーブに、辛うじてラケットを当てる。
それは初心者らしくひょろ玉だけど、視界の端に映る彼女は笑っている。
わざとか、それとも罠か。
いいやと打ちこんだスマッシュを打つ寸前、彼女が消えた。
「やっ!」
テニス、したコトないなんて、マジでウソでしょ。
なんで当たるんだよ!?
返球されたそれは届かない範囲じゃないし、返せた。
けど、その位置に晴樹が飛ぶ。
偶然か故意か。
かなりの余裕を持って、それは当たる。
「らっきっ」
動きが俊敏なのは元々として、ラケットを振るフォームは知らないもののそれではない。
予想外に返されても、俺は普段通り対処できる。
しかしどういうわけだか、彼女もそれが出来る。
思ったとおり、ふたりともプレイスタイルが似ているので、猫が2匹じゃれあっているように見えるとか。
それは後で不二と大石に言われたこと。